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静岡経済 特集

やらまいか ヒット商品の作り方<1> 光電子増倍管

 「やらまいか」精神で遠州地方のものづくり企業は、画期的な新商品を生み出すなどして新しい市場を切り開いてきた。どんな挑戦が顧客の心を捉え、ニーズに応えたのか。モノが売れない「デフレ」から抜け出せるかが問われる一六年。故(ふる)きを温(たず)ね、新しきを知る。

◆浜松ホトニクス 「数本の試作でうまくできた」

営業担当として20インチの光電子増倍管の開発に関わった袴田さん=浜松市中区で

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 発表を終えると、会場内に拍手が鳴り響いた。一九九八(平成十)年六月、岐阜県高山市で開かれた国際学会。壇上の梶田隆章さん(56)=現・東京大宇宙線研究所長=は、素粒子「ニュートリノ」に質量があることを確認したと誇らしげに述べた。宇宙誕生の神秘への突破口を切り開く大発見だった。

 会場で浜松ホトニクスの袴田敏一さん(67)も見守っていた。「英語だったので、内容はあまり分からなかったけど」。成果を説明する梶田さんは普段の柔らかな印象と違って「自信にあふれた様子だった」と笑顔で懐かしむ。

 私たちの体を一秒間に数百兆個も通り抜けているという謎のニュートリノを捉えたのが、浜ホトが開発した光センサー「光電子増倍管(こうでんしぞうばいかん)」だ。「直径二十インチ(約五十一センチ)の大きなセンサーを作ってほしい」。東大理学部教授だった小柴昌俊さんから依頼があったのは七九年だった。

 新型の開発には通常、数年かかるという。「できるかどうか分からなかった」。営業担当として開発に携わった袴田さんは打ち明ける。当時は八インチ(約二十センチ)の開発を始めたばかりで、二十インチは未知の領域だった。

 ニュートリノが水中でまれに発する光の粒を捉えるセンサーのガラス面には、粒を電子に置き換える「光電面」という膜がある。アルカリ金属を蒸発させて素材の表面に付けて作るが、均一にできるかは技術者の目と勘が頼り。二十インチの大きなガラス面で可能なのか。晝馬(ひるま)輝夫社長(現会長)をはじめ技術者らと話し合い、「ともかくやってみよう」と試作に着手した。

 不安は杞憂(きゆう)だった。何と「数本の試作でうまくできた」という。大きさは桁違いだったが、基本構造は同じだ。「技術の蓄積もあり、やってみたらスムーズだった」と振り返る。

 観測装置カミオカンデ(岐阜県飛騨市)に取り付けたこのセンサーによって、小柴さんは八七年に超新星爆発で放たれたニュートリノの観測に成功した。二〇〇二年にノーベル物理学賞を受賞した。

 後継機のスーパーカミオカンデ用に、浜ホトは光電子増倍管を改良した。純水を満たした深さ四十メートルの装置のタンク内でも耐えられるよう「第二世代」は防水機能を高めた。受けた光を電気信号として検出するまでの時間をナノ(十億分の一)秒単位で短縮した。

 ノーベル物理学賞を昨年受賞した梶田さんと一緒に、開発に明け暮れた日々も今では良い思い出だ。「梶田さんは数値に厳しくて妥協しなかった」。現在、袴田さんは浜ホトの顧問を務め、東大などの研究機関が飛騨市に建設を計画する新たな観測装置ハイパーカミオカンデに使う「第三世代」の開発に向け、培った経験を基に後輩らに助言している。

 光電子増倍管に関わって約四十年。「世界で初めての二十インチの開発に踏みだし、ノーベル賞の受賞に二回も貢献できた。あきらめずに挑み続けたのが良かった」としみじみと語った。

(西山輝一)

 <光電子増倍管> 目に見えない光の粒を検出する高感度センサー。指先サイズから最大の直径20インチまで大きさはさまざまで、浜ホトの連結売上高(2015年9月期は1206億円)の約2割を占める。血液分析などの検査装置やがんを調べる陽電子放射断層撮影装置(PET)、油田探査装置などで幅広く使われている。

 

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