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静岡経済 特集

時代を超えて ツナ缶の物語<11> 市場見据え 自助努力

日本のツナ缶産業の展望を語る山梨罐詰の山梨恵一郎会長(左)と裕一郎社長=静岡市清水区で

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 人口減とともに縮むツナ缶の国内市場。二〇一三年に国内で作ったツナ缶(マグロ・カツオ類)の合計は三万五千トンで、十一年連続で減った。

 正反対に世界の生産量は、一九七〇年代から二〇〇〇年代にかけて約三倍に増えた。ツナ缶は「世界的な商品」と呼べるほど各国で普及し、食卓に上る。

 いまや原料の調達は、国際的な競争が激しさを増すばかり。どう費用を抑えて、原料を仕入れるかに各メーカーは頭を悩ます。

 「国内で水揚げされる魚だけでは足りない。キハダマグロやカツオは輸入の割合が増えている」と、山梨罐詰(かんづめ)(静岡市清水区)社長の山梨裕一郎(64)は切り出した。

 各メーカーが輸入を増やしているのが「ロイン」。ブロックに分割した身のことで、釜で蒸したり、骨や皮を取ったりする工程は海外の加工場で済ませてある。骨などを取る工程は今も手作業だが、人件費の安い国で加工したロインを使えば費用を抑えられる。

 当初、山梨は自社の目が届かず、品質にムラが出ることを心配した。ロインを加工するタイの業者と技術を教え合うことにした。「安心して使える品質を確保するため、工場の現場を見て、こちらの要望を伝える」というやりとりを重ねる。

 山梨罐詰は四十年ほど前に社内に研究開発室を設けた。蓄積したノウハウを品質管理や商品開発に生かす。ツナ缶をはじめ、レトルト食品やカップ入り食品も手掛け、国内大手メーカーに対し、相手先ブランドによる生産(OEM)をしている。裕一郎の父で同社会長の山梨恵一郎(91)は「油断できない時代。常に自助努力が求められる」と述べる。

    ◇

 自社ブランドにこだわる企業もある。由比缶詰所(同区)は、戦後から「ホワイトシップ」の銘柄で缶詰を作っている。価格競争に走らず、素材にこだわって差異化を図る。

 一本釣りのビンナガを加工し、油は綿の実から取った綿実油やオリーブ油を使用。作ったツナ缶は半年ほど倉庫に置いて熟成させ、身と油をなじませる。

 近海で一匹ずつ釣るビンナガは、巻き網で捕るキハダやカツオよりも量は少ない。社長の彦坂勝之(74)は「大量には作らず、手間をかけた商品を届けたい」と語る。

    ◇

 「将来世界的商品タリ得ベキ」。昭和初期、静岡県水産試験場の技師だった村上芳雄(故人)はツナ缶に注目し、国内で先がけて製造技術の基礎を築いた。

 「新鮮な食材をパックして安全に長期保存できる。この点で缶詰に勝るものはないだろう」。日本最初のツナ缶メーカー清水食品で社長を務めた阿部齊(ひとし)(68)は指摘する。

 静岡県に集まる各メーカーは戦前に欧米への輸出品として作り始め、戦時は軍用として生産した。戦後は再び輸出で栄え、円高が進んで輸出が不利になると国内販売へと切り替えてきた。

 八〇年代から、世界ではキハダやカツオの漁獲量が右肩上がりに伸びている。研究機関によれば、現時点では「乱獲」の水準ではないが、将来はどうか。

 ツナ缶作りは、今も時代の波の中にある。次の市場へと作り手に変革を迫る。

 =文中敬称略、終わり

 (この連載は西山輝一が担当しました)

 

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