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斉藤元知事死去 惜しむ声相次ぐ

県知事選で初当選後、初登庁し大勢の職員に出迎えを受け、女性職員と握手する斉藤滋与史さん=1986年、県庁で

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 九日に百歳で亡くなった元建設相で、元知事の斉藤滋与史(しげよし)さんを悼む声は、地元・富士市を中心に相次いだ。

 斉藤さんが社長、会長を務めた大昭和製紙の元総務部長で、斉藤さんの選挙を支え続けた富士市の陣野原力(つとむ)さん(81)は「周りの者が支えたい、この人のために働きたいと思ってしまう政治家だった」と振り返る。

 政治家として促進した新東名高速道路の用地買収は難航が予想されたが、「斉藤先生の手柄にしよう」と地権者が声を掛け合い、富士市内などでは予想より早く工事が進んだという。

 地元とのつながりは常に忘れなかった。正月には、各地から贈られた豪華なおせち料理を食卓に並べ、単身赴任中の警察官らを呼んで振る舞った。「大きな木は必ず落ち葉を生み、それが三十年、五十年後に肥やしになる。大昭和だけがもうけるのではなく、地元の要望には必ず応えたい」が持論だったという。

 陣野原さんは七月三十日に自宅を訪れたのが最後の別れになった。くしくも亡くなった九日は百歳の誕生日、斉藤さんは体調を崩し入院中だった。「誕生日に皆さんがお祝いに訪れるのに備え、リフレッシュするための入院と聞いていた。自分も九日に行く予定だった」と驚きを隠さなかった。

 市長時代に名誉市民として斉藤さんを顕彰した鈴木尚・前富士市長は「人脈が広く、市民の話をよく聞く方だった」と語る。国会議員になっても地元を忘れず、水害の起きやすい河川などを細かく把握し、鋭い指摘をすることがあったという。

 「市長、知事、大臣としてそれぞれの時代に富士市の発展に尽くされた。貢献は計り知れず、感謝している。激務の人生だったと思うが、ゆっくりお休みいただきたい」と冥福を祈った。

 富士市選出の鈴木澄美県議(62)は「斉藤家(大昭和製紙)は地元の大企業で、地域経済の核だった。滋与史さんは偉大な方だった」、同市選出の元県議、植田徹さん(68)は「斉藤さんは夏でも日本酒を熱かんにして飲むと聞いたことが印象深い。地元の大きな星がまた一つ消えてしまった」と惜しんだ。

 斉藤さんは一九六四(昭和三十九)年、吉原市長に初当選。同市など三市町が合併した富士市の初代市長に就き、六九年からは衆院議員として六期連続当選。八六年から、九三年に健康上の理由で二期目の途中で辞任するまで、知事を務めた。

(前田朋子、三宅千智)

 

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