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「良い色のメダルを」 浜松出身のスケート代表・伊藤

平昌五輪壮行会で小楠浩規東区長から寄せ書きを受け取る伊藤亜由子選手(左)=11日、浜松市東区役所で(山田英二撮影)

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 二月に開幕する平昌(ピョンチャン)冬季五輪のスピードスケート・ショートトラック女子代表として出場する浜松市東区出身の伊藤亜由子選手(31)=トヨタ自動車=が十一日、同市内で報道各社のインタビューに答えた。一度は引退し、復帰後も代表入りが危ぶまれただけに、三度目の五輪に向け「最後という思いでやる。悔いなく滑りきって、できるだけ良い色のメダルを取りたい」と意気込んだ。

 「一番心安らげる、初心に帰れる場所。地元に帰って昔を思い出せるので、気持ちをプラスにできる」。故郷・浜松市について、伊藤選手はこう語った。

 同市東区の与進小二年からスケート教室に通った。与進中学校(同区)に入ってからショートトラックを始め、浜松工業高(同市北区)で世界選手権代表に選ばれた。

 二〇一〇年のバンクーバー大会から五輪に出場。だが一四年のソチ大会の3000メートルリレー五位が最高で、目標のメダルに届かなかった。これでメダルが取れないなら諦めよう−。ソチ後に引退を表明した。

 現役に復帰したのは、一年後。「自分で限界を決めて諦めたことが悔しくて」。両親や周囲の「続けてほしい」という声に背中を押された。

 復帰後の一六年一月の全日本選手権で総合優勝を飾ったが、昨年九月、五輪の選考基準になる二大会で、良い結果を残せなかった。代表五人のうち、四枠がほぼ固まった。「あれからの三カ月は、最もつらい時期だった」と振り返る。

 それでも「最後まで諦めないという気持ちで始めた平昌への挑戦。その気持ちをキープすることだけを考えた」という。

 願いは通じた。昨年十二月の全日本選手権で、500メートル二位に入るなど、意地を見せた。大会の後の代表選手発表で、五人目の強化部推薦枠として自分の名前が呼ばれた。「今までで一番うれしかった」。涙がこぼれた。

 チーム五人の中で最年長だ。「これまでの経験を生かしたい。一人一人の変化に気づけるよう、ベストパフォーマンスのできる環境をつくる」と強調する。

 この日の壮行会では「スケート人生の集大成にする」という言葉を使った。「これが最後、というのは断言しないようにしている」と前置きしつつ「でもこれまで悔いが残った五輪が続いたので、思いとしては最後の五輪」と語る。

 どんな五輪にしたいかを尋ねた。「これまでにない最高の笑顔を見せたい。応援してくれた人たちにも最高の笑顔になってもらいたい」

(鈴木凜平)

 

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