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創業70周年飾る金色のハーモニカ

◆「今後も浜松で」昭和楽器製造

金色の限定ハーモニカを手にする酢山義則さん=浜松市中区上島の昭和楽器製造で

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 ハーモニカメーカーの昭和楽器製造(浜松市中区上島)が、今年で創業七十周年を迎えた。戦後の焼け野原から出発し、ハーモニカ離れの時流の中でも生き残った町工場。社長の酢山義則さん(78)は、創業者の亡き父の苦労をしのびつつ「これからも日本一のハーモニカを浜松から作り続ける」。今秋には節目を記念した金色の製品を発売し、優しげな音色に誇りを込める。

 銀行員だった酢山さんの父陸平さんは戦時中、軍需工場で経理を担当した。空襲で家を焼かれながらも、終戦から二年後の一九四七(昭和二十二)年に職人三人とハーモニカ作りを始めた。酢山さんは「吹けば音が簡単に出せるので戦地でも親しまれ、復員してきた人にもなじみが深かった」と推し量る。

 物資不足の中、音を出すリード部分を作る真ちゅうを名古屋から仕入れたが、倉庫から一晩で盗まれたことも。「父ちゃん、どうしたの」と気遣う当時小学生だった酢山さんに、陸平さんは「皆、生きるのに必死だから」と涙をこらえた。やがて教育現場にハーモニカが普及すると、従業員は三十人近くに増え、多い時は一日に千八百本を生産した。酢山さんも大学を卒業後、職人として家業に入って技術を磨いた。

故酢山陸平さん

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 酢山さんによると、最盛期は浜松市だけでメーカーが十四社あった。高度経済成長期に入ると、器楽教育は鍵盤ハーモニカやリコーダーが主流に。ライバル会社が次々と姿を消す中、四十歳の頃に経営を任された酢山さんも建具や眼鏡ケースの製造を請け負ってしのぎ、「技術を守る」とハーモニカ作りを続けた。心の支えは、二〇〇一年に九十二歳で亡くなるまで入院先で演奏を披露していた陸平さんの姿だった。

 「灯(ひ)を消したくない」。音楽の都・浜松の土産物として活路を見いだし、今では多くの店舗に並ぶようになった。

 記念のハーモニカは長さ約十六センチ。耐久性のある樹脂製で、真ちゅう製カバーを金メッキで装飾した。通常より少し厚く、より重厚な音色が楽しめるという。

 全国楽器協会によると、現在の国内メーカーは五社。「中でもハーモニカをメインで作るのは全国でもうちだけ」と酢山さん。従業員は酢山さんと妻文子さん(71)、後継者として育ちつつある四十代の長女と次女夫婦。酢山さんは「遠方から買い求めてくれるファンもいる。良いものを、恥ずかしくない音色を届ける」と前を向く。

(久下悠一郎)

 <金色ハーモニカ> 限定300本を発売。1本9800円(税抜き)。複音の21穴で、長調の「C」「C#」「A」「G」と短調の「Am」の計5種類。希望の4本を組み合わせたセットは3万9200円(同)。ケースは黒と金色のデザインで高級感を出し、紙箱にして湿気を逃がす工夫も施した。問い合わせは昭和楽器製造(土日曜、祝日休み)=電053(471)4341=へ。

 

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