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19年大河主人公 浜松出身の田畑さん

◆東京五輪招致に尽力

東京五輪組織委員会事務総長時代の田畑政治さん=浜松北高水泳部百年史より

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 二〇一九年のNHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」の主役として、浜松市出身で一九六四(昭和三十九)年の東京五輪招致に尽力した田畑政治(まさじ)さんが取り上げられる。放送中の「おんな城主 直虎」に続き、浜松ゆかりの人物にスポットライトが当たることになり、田畑さんの親族や地元関係者は驚きと喜びに沸いている。

 田畑さんの兄の孫にあたる双子の兄弟で、浜松市内に住む公認会計士の隆久さん(60)と弁護士の知久さん(60)は、東京五輪が開かれた当時は小学二年生だった。新幹線に乗って、水泳高飛び込み競技を見に行った。「幼心には初めての新幹線の方が刺激的だった」と二人は笑う。

 「きっと政治がチケットを贈ってくれたんだろう」と隆久さん。二人が幼いころ、田畑さんは、浜名湾游泳(ゆうえい)協会の仕事があるときは実家に泊まった。二人が夏に泳ぎに行くと、見に来て手を振ってくれたこともあった。知久さんは「怖かったという話も聞くが、優しいおじさんだった」と笑みを浮かべる。

田畑政治さんとの思い出を語る隆久さん(左)と知久さん=浜松市中区で

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 田畑さんが亡くなったのは二人が二十七歳の時。晩年は病気のため、会うことはほとんどなくなっていた。

 ドラマでは、戦争により幻に消えた東京五輪の実現に邁進(まいしん)した姿が描かれる。隆久さんは「まさか大河の主役とは。偉人としてというよりは、等身大の姿を描いてもらいたい」と語る。知久さんも「浜松であまり知っている人はいなかったので、不思議だが誇らしい気持ち」と胸を張った。

 田畑さんは、一九一六年に発起人の一人として、浜名湾游泳協会を設立。静岡県西部の水泳界発展の礎を築き、現在の浜松市西区雄踏町出身で「フジヤマのトビウオ」と称された古橋広之進選手をはじめ、水泳選手育成に大きく貢献した。

 游泳協会の磯部育夫会長(67)は「なんせ古橋広之進さんを育て上げた方。大河ドラマは全日本規模で注目を浴びる」と喜ぶ。放送開始に向けて「いろいろな催しや企画を考えたい」と意欲を見せる。

 宮崎篤副会長(62)は浜松北高の二年生だった一九七一年初夏、田畑さんと一度だけ対面したことを覚えている。練習中のプールで会った田畑さんは「すごいオーラのある方だった」といい、「近寄りがたいというか怖い感じがして、とても緊張した」と振り返る。

 水泳界の大御所に激励を受けた部員らは奮起。その年、三年ぶりにインターハイ出場を果たした。「あの日以降、チーム全体の雰囲気がぐっと引き締まった。田畑さんが来てくださらなかったら、全国には届かなかったかもしれない」と感謝する。

(石川由佳理、安達健)

 <たばた・まさじ> 1898年、現在の浜松市中区成子町にあった江戸時代から続いた造り酒屋「八百庄商店」に生まれた。浜松中(現浜松北高)から一高を経て東京帝大(現東京大)に進み、朝日新聞社に入社。水泳選手団の総監督として参加した1932年ロサンゼルス大会などで五輪の魅力に触れ、日本での開催実現に力を尽くした。日本水泳連盟会長、東京五輪組織委員会事務総長、日本オリンピック委員会(JOC)会長などを歴任。84年に85歳で亡くなった。大河ドラマでは阿部サダヲさんが演じる。

 

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