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「静岡大空襲」追悼行事 証言映像を初公開

献花をして犠牲者を追悼する参列者=静岡市葵区の静岡平和資料センターで

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 一九四五年六月十九日深夜から翌二十日未明の「静岡大空襲」で犠牲となった人たちの追悼行事が十八日、静岡市葵区の静岡平和資料センターであり、複数の空襲体験者の証言映像が初めて公開された。

 静岡大空襲では、米軍のB29爆撃機が落とした焼夷(しょうい)弾により静岡の市街地が火の海と化し、二千人以上が犠牲になったとされる。

 追悼行事で、センターを運営する「静岡平和資料館をつくる会」の名和鉄郎(てつお)代表が「空襲被害者の悲痛な叫びに耳を傾け、このような災禍が再び繰り返されないことを互いに誓い合いたい」とあいさつ。参列者が献花をして犠牲者を悼んだ。

 その後、同会が八九〜二〇一七年に記録してきた空襲体験者六人の証言を、空襲当日の時系列に沿って約十五分に編集した映像が初公開された。

 空襲で街を焼かれ、ゴム、金属、木材の焼ける入り交じった臭いを「戦争の臭い」と表現した証言や、遺体があちこちで見つかったものの「男なのか女なのか分からない」とする証言などが紹介された。

 八歳のときに静岡大空襲を体験し、同会の記録に協力した滝正臣さん(80)=葵区=は「空襲でほとんどの建物が燃え、戦争のすさまじさを身をもって感じた。いつの時代も、紛争は起きているけれど、皆の努力でそういうことがなくなる世界を望みたい」と語った。

(沢井秀之)

◆浜松大空襲 遺族会慰霊祭

献花する飯田末夫会長=浜松市中区で

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 一九四五年六月十八日未明にあった「浜松大空襲」から七十二年たった十八日、浜松市戦災遺族会による慰霊祭が同市中区のホテルコンコルド浜松であり、会員や来賓ら約百人が参列した。

 浜松大空襲では米軍のB29爆撃機約五十機が浜松市街地に焼夷弾六万五千個を投下し、全焼した住宅一万六千戸、犠牲者は約千二百人に上ったとされる。

 戦災遺族会の飯田末夫会長(55)が「後世に悲惨な戦争の真実を伝えていくのが私たちの使命。今後も尽力していきたい」とあいさつ。

 丸塚中学校一年の茂津目優希さん(13)と尾藤李衣さん(13)が「平和の祈り」として思いを読みあげ、参列者一人一人が祭壇に白菊をささげて犠牲者の冥福を祈った。先の大戦について調べている浜松学芸高校の生徒も参列するなど、幅広い世代の人たちが、戦争を二度と起こさないよう努めることを心に誓った。

(高柳義久)

 

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