トップ > 滋賀 > 11月9日の記事一覧 > 記事

ここから本文

滋賀

仏像の中からミニ仏像 彦根の宗安寺、伝承「本当だった」

仏像の胎内から見つかった大日如来像を手にする竹内住職。右は庚申尊の前立仏=彦根市本町の宗安寺で

写真

 彦根市本町の宗安寺の秘仏・庚申尊(こうしんそん)(青面金剛童子)の胎内から、高さ十一センチほどの小型の大日如来像と江戸時代の一七一六年に作成された法華経の版本が見つかった。傷んでいた秘仏右足の修復を兼ね、京都市の仏師に調査を依頼し、発見された。二十三日に特別公開する。

 庚申尊は、高さ一メートル四十センチほどの寄木造。宗安寺に安置される前は、安清村(同市安清町)の金剛寺宝珠院にまつられていた。一七四〇年に開眼し、主に民間信仰の対象とされた。

 金剛寺は、明治時代初期の神仏分離令の際に廃寺となり、切り離された賢木神社のみが今も残っている。その際に仏像の庚申尊は宗安寺に移され、秘仏として丁重に扱われた。

 庚申尊の本体は、今回見つかった大日如来像。台座に丁寧な金箔(きんぱく)が施され、保存状態は良好だった。寄木造の仏像の中に仏像や経典を入れる行為は、鎌倉時代から見られるが、意味や目的は詳しく分かっていないという。

 もともと、庚申尊の背中部分に像と経典を奉納したことは記され、寺でも胎内仏の存在は把握していた。「誰も中を見たことがなく、本当に入っているかどうかは半信半疑だった」と竹内真道住職(64)。修復に伴い、檀家(だんか)からも中身を確かめてほしいと声が上がり、内部を確認した。

 庚申尊の背部には、縦二十センチ、横十二センチの長方形にくりぬき、のり付けしたような痕跡があった。その部分をはがすと、中に隙間を埋める綿がぎっしりと詰められ、紙に何重にもくるまれた大日如来像と経典が出てきた。竹内住職は「本当に入ってたんや」と安心。経典には「天下泰平」や「万民豊楽」といった願いが書かれていた。

 修復を終えた庚申尊が寺に戻ったのは十月中旬。そのまま、秘仏の姿を模して作られた「前立仏」の背後の棚に収められ、現在は見ることができない。二十三日には、大日如来像、経典とともに公開。竹内住職は「かつては民間で信仰されてきた仏様なので、広く市民にも手を合わせに来てほしい」と語る。

 (大橋貴史)

 

この記事を印刷する

中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井 読者の方は中日新聞プラスで豊富な記事を読めます。

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索