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<湖国の一年 回顧2017>(3) 琵琶湖周航の歌

輪になって琵琶湖周航の歌を合唱する京都大OBや近隣の学生たち=大津市南小松の近江舞子中浜水泳場で

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 「来たぞ!」。瀬田唐橋の向こうにボートが見えると、歓声が湧き起こった。青春の航路を再びたどった「湖(うみ)の子」は、少年のように手を振って応えた。

 「琵琶湖周航の歌」の誕生百年の節目に、京都大ボート部のOBたちは六月下旬、百年前の足跡をたどる「なぞり周航」に臨んだ。現役学生に見送られてこぎ出し、四日かけて大津市の母港に戻った時には、地元の人々が迎えた。OB会長の吉田保さんは「私たちボート部の歌が、滋賀でこれほど愛されていたとは」と驚きを語った。

 嘉田由紀子前知事の音頭で実行委員会が設立され、各地で周航と連携する歓迎イベントを企画した。狙いは「文化(音楽)とスポーツの融合」。カヌーなどの船も一部の区間で周航に加わった。大津市の近江舞子の浜辺で、日焼けした若い学生らが輪を作って歌う力強い姿は、歌の新しい可能性を感じさせた。

 動きはこれらに限らなかった。長浜市では市民主導で寄付を集め、七つ目の歌碑を建立。行政も動いて大きなうねりになった。

 分野を超えて人々が集まった。青春、故郷への愛、自然への敬意。歌への思いはさまざまだ。百周年が歌の来し方をたどる機会だったなら、今後必要なのは、歌い手の誰もが主役となり、未来の可能性を探ることだろう。

 多くが口をそろえたのは、若い世代ほど歌を知らないこと。そんな中、高島市の「『琵琶湖周航の歌』音楽祭合唱コンクール」では今年は二十代を中心にした名古屋市の女声コーラスが初出場で金賞を受賞。各団体が独自のアレンジで歌う琵琶湖周航の歌はまるで別々の歌のようだった。

 「百年の間にメロディーは変わった。でも歌の魂は変わらない」。六月三十日の「びわ湖音楽祭」の後、加藤登紀子さんはこう語った。「それは生命の芯にあるようなもの。若いピュアな思いを持ち続けるための祈りの歌だと思う。自分の心で歌えば良いのよ」

 二回目の同音楽祭は、来年五月に大津市の和邇地区で開かれる。ホールの内と外、陸上と湖上の人々をどうつなげるか。次の百年に向け、自由な発想を解き放つ時だろう。

 (野瀬井寛)

 旧制第三高(現・京都大)の学生小口太郎が、ボートで琵琶湖を一周する途上の今津(高島市)で詩を披露したのが1917年6月28日。原曲は新潟県の青年吉田千秋の作。歌は三高の寮歌で、県内では「第二の県歌」ともいう。「なぞり周航」は今年6月24〜27日にあり、114人の京大OBが交代でオールを握った。式典や歌碑除幕もこの前後に重なり、注目を集めた。

 

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