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読経の中、追悼の警笛 信楽鉄道事故、26年の法要

事故発生から26年を迎え、読経が響く中で犠牲者の冥福を祈る遺族ら=甲賀市で

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 四十二人が犠牲になった信楽高原鉄道(SKR)とJR西日本の列車衝突事故から二十六年を迎えた十四日、甲賀市信楽町にある事故現場近くの慰霊碑前で、両社主催の追悼法要が営まれた。遺族十人をはじめ、両社や市、県などから計九十六人が参列した。

 黙とうの後、遺族やJR西の来島達夫社長らが焼香、献花。読経の中、発生時刻に近い午前十時半すぎにSKRの列車が警笛を鳴らして通過した。

 SKRの正木仙治郎社長(甲賀市副市長)は「時を経ても癒やされることのないご遺族の皆さま方のご心痛と追慕の念に思いを致し、あらためて心より深くおわびします」と、追悼の言葉を述べた。遺族を代表し、妻=当時(53)=を亡くした兵庫県宝塚市の吉崎俊三さん(83)は「誰も出席できなくなっても、法要は欠かさず続けてほしい」と要望した。

 事故は一九九一年五月十四日、旧信楽町でSKRの列車とJR西の臨時列車が単線上で正面衝突。四十二人が死亡、六百人以上が重軽傷を負った。

◆風化危ぶむ声、遺族ら年々減少

参列者が犠牲者の冥福を祈る中、事故現場付近を通過する信楽高原鉄道の列車=甲賀市で

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 年々減少する遺族らの言葉には、風化を危ぶむ心情が強くにじむ。

 「つらいことばかりだった」。吉崎さんは、長く責任を否定し続けたJR西と争い、二〇〇二年に過失認定を勝ち取った民事訴訟を振り返った。一方で「体が言うことを聞かない。代表の後継者もなく、今後は両社に任せるしか仕方ない」と、疲れをのぞかせた。

 事故を研究する関西大の大学院生江木謙太さん(22)は「高齢化が進み、事故を知る人が少なくなっていると感じた。でも原因究明や検証が必要なのは変わらない」と話す。

 法要には、日航ジャンボ機墜落事故や尼崎JR脱線事故の犠牲者遺族らも出席。兵庫県明石市の歩道橋事故で次男=当時(2つ)=を亡くした下村誠治さん(58)は「残された家族には、犠牲者数の数百倍の悲しみがある」と、被害者支援の重要性を訴えた。

 SKRや歩道橋事故の遺族側代理人を務めた佐藤健宗弁護士(58)は「遺族のつながりをつくるよう努めてきた。多くの人に事故を詳しく知ってほしいが、年に一度の法要では限界もある」と、もどかしい気持ちを語った。

 (築山栄太郎、野瀬井寛)

 

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