静岡

<18才の夏@天竜高>2時間目

2016年5月29日

◆中山間地域を変えよう ゲストの熱が生徒に

中山間地域の現状について船戸修一静岡文化芸術大准教授(左手前)の講義を聞く生徒ら=浜松市天竜区の天竜高校で

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 二十七日の天竜高校三年生の「現代社会」。担当の小木充教諭(44)は「自分自身の話として聞いてほしい」と生徒に語り掛け、この日のために招いたゲストに授業のバトンを渡した。

 壇上に立ったのは、前回の授業で取り上げた人口減少問題に詳しい静岡文化芸術大文化政策学部の船戸修一准教授(46)だ。天竜高校と同じ天竜区内の佐久間地区で、学生と一緒に中山間地域の研究に励んでいる。

■「みんな、限界集落って知ってるか」

 実年齢よりも若々しい高い声。船戸准教授のいきなりの質問に生徒たちは戸惑いの表情を浮かべる。六十五歳以上が人口の過半数を占め、共同生活が難しいとされる「限界集落」は、国やマスコミがつくった「ウソ」−。そう言い放つ船戸准教授は、超早口の関西弁でまくし立てる。

 最前列に座る野口すみれさんは、興味深そうに話を聞き、配られたプリントにメモを走らせる。天竜区で育ち、地域に携わる仕事に関心がある。最近、妹の通う小学校が一学年一クラスになった。

 聞いて、メモして、理解しようと思ったら、すぐに次の話題に。これが大学の講義のペースなのか。それでも、蛍光ペンでひたすら線を引く。

 船戸准教授のマシンガントークは、来年三月に統合する佐久間地区の城西小と佐久間小の話題に移るとさらにヒートアップした。

■「誰もあからさまには言わんけど、山のほうを切り捨ててもいいって考えや。思い出と歴史のある小学校がそうやってつぶされていく」

 うなずく暇もなく、問題点を突きつけてきた。「人口が減ったわ、限界集落やとか言っても、問題ではない。見落としている点がある」

 スクリーンに映し出されたのは、佐久間地区の集落で暮らす住民の家族構成をつぶさに記した手書きの資料だった。親子の年齢はもちろん、集落を離れた子どもの住所や、その子どもが年に何回くらい実家に顔を出しているか。

 集落を離れた子ども世代(子世代)の多くは近隣に住み、頻繁に実家に帰っている。地区の人口は七百五十人ほどだが、この子世代を含めると千四百人を超す。「集落を越え、家族の関係は保たれている」。調査を基に説明する船戸准教授は、こう切り出した。

■「企業は誘致されてももうからんかったら出て行くけど、家族はそんなことない。そんな可能性を説明せずに消滅都市やと言うのは、住民への単なるどう喝やろ」

 ショウメツトシ、シュウラクノカノウセイ?。聞き慣れない言葉のシャワーに眠りに落ちる生徒も。でも、話の折々に挟み込む熱いメッセージが、生徒を授業の世界に引き戻す。

 「佐久間には最低、年間三十回は通う。僕のゼミは僕のためでも、学生のためでもない。浜松の中山間地域に住む三万人のためや」

 「この先生、違うわ」。ハンドボール部の松本真太郎君は「世間ではネガティブな話ばかりの中山間地域なのに、何でこんなに熱いのかな」。顔を上げる。

■「集落と家族が一緒だった時代が変わっただけや。集落を離れた子世代が家族だけではなく、集落と濃密に関われば、事態はもっと変わる可能性がある」

 チャイムが鳴る。だが構わずにしゃべり倒す。十分、十五分…。全員が顔を上げた。「厳しい厳しい言うてな、うちのゼミ生は一人もいなくなったわ。これに懸けたいと思ったら、ウチの大学に入って。本当は君らを勧誘しに来たんや」

 起立、礼−。文化芸大への進学を望む野口さんが教壇に駆け寄った。「集落を維持し、子どもの数が戻ったら、学校はまた使えるんですか」

 船戸准教授は丁寧に答えて、教室を後にした。

 次の授業は三十一日。

(西田直晃)

 <天竜区佐久間地区> 静岡県北西部、天竜川中流域に位置し、国内最大級の貯水容量を誇る佐久間ダムがある。旧佐久間町が2005年に浜松市に編入合併され、市の政令指定都市の移行に伴い、07年に天竜区となった。人口流出が続き、この10年間で1500人余りが減少した。4月1日時点の人口は3855人で、65歳以上の高齢者が5割を超える。

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