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<繰り返させない 軽井沢バス事故2年>(1) 次男を亡くした遺族会代表・田原さん

事故からの2年を振り返る田原さん=大阪府吹田市で

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 大学生ら十五人が死亡した軽井沢町のスキーツアーバス転落事故で、次男の田原寛(かん)さん=当時(19)=を亡くした父の義則さん(52)=大阪府吹田市=は「子どもを亡くしたつらい思いを他の人に味わってほしくない」と二年前の事故から安全のあり方を問い、妻の由起子さん(51)と再発防止を訴え続けている。

 「また帰っておいで」「分かった」。二〇一六年一月、帰省した寛さんは成人式に出席した翌日朝、また帰ってくると約束して東京に向かった。再び元気な姿で家に戻ってくることはなかった。

 三日後、義則さんと由紀子さんは警察からの連絡で事故を知り、軽井沢に向かった。

 ずらりと並んだ棺の一つに、寛さんがいた。あごの擦り傷以外はきれいな顔。いつもの寝顔のように思え、由起子さんは「起きて、起きて」と叫んだ。

 寛さんは当時、首都大学東京の二年生。一人暮らしの部屋の玄関には五、六足の靴が脱ぎ捨てられ、所属したサッカーサークルのユニホームが洗濯機に入ったままだった。両親は事故二カ月後、この部屋を引き払った。

 「希望に満ちあふれて東京に行ったのに、こんな形で終わるなんてたまらなかった」と由起子さん。寛さんの家具や衣類が運び出され、がらんとした部屋を見て二人で泣いた。

 遺族でしか分からない気持ちを分かち合おうと、義則さんは遺族全員に遺族会の結成を呼び掛け、代表を引き受けた。

 月一回の遺族会の会合では近況を報告し、時に涙しながら互いに励まし合った。「今はだじゃれを言い、たわいもないことで笑えるようになった」

 業界の仕組みや法律を学び、国土交通省や業界団体と意見を交わした。自宅のある大阪と東京を何度も往復する日々だった。「忙しい方が気が紛れる」と精力的に取り組んだ活動が実り、違法な貸し切りバス業者に科す罰金を強化するなど再発防止策を盛り込んだ法改正が実現した。

 事故から約一年半後、県警は業務上過失致死傷容疑でバス運行会社の社長らを書類送検した。義則さんと由起子さんは「なぜ事故が起きたのか真実が知りたい。刑事裁判で責任を明確にすることで業界に警鐘を鳴らし、再発防止につなげてほしい」と起訴を求める署名活動を続ける。

 事故から二年を前に「子どもを返して」と由起子さんが言えば、義則さんは「悲しさや悔しさは変わらない」と目を伏せた。

 二年前、寛さんの通夜で「事故をきっかけに社会の仕組みを変えていきたい」と語った義則さん。「大変だから途中で辞めますとは言えない。寛のためにも安全な社会を実現させる」

 (斉藤和音)

   ◇  ◇

 軽井沢町スキーバス事故から十五日で二年。わが子を失った遺族の悲しみは癒えず、心に開いた穴は埋まらないまま。それでも、惨事を繰り返さないよう願って前に歩き出した遺族も少なくない。再発防止を訴える遺族や寄り添う関係者らの思いに迫った。

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