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「度会県」ネット人気上々 目標上回る800人超登録

10月にあった「度会県」ファンのイベント=東京都中央区で(県提供)

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 明治初期に県南部を占めていた「度会県」をインターネット上で復活させて愛好者らの関心を高め、移住や定住のきっかけをつくる県の事業で、ホームページに登録した「度会県民」の数が、目標を上回る八百人に達した。県は関連イベントを開いてPRを続けているが、ネット上の人気を現実の人口増につなげる難しさが課題となっている。

 度会県は現在の県南部の伊勢志摩や東紀州地域にあたり、一八七一(明治四)年の廃藩置県に伴って誕生した。七六(同九)年、現在の県北部と統合されて三重県になるまで約五年間存在していた。

 明治維新から百五十年の今年、知名度が低い度会県の歴史を逆手にとって、宣伝につなげようと県南部地域活性化推進課が節目に合わせて復活を企画した。八月二十日に公式ホームページを始めてから県民証の登録やメールマガジン「県民広報」の配信、イベント情報の掲載などをしている。

 年度内の目標にしていた県民五百人は一カ月余で達成し、十一月に八百人を超えた。五日午後五時現在、八百九十八人で、居住地は県内四百二人、関東圏二百四人、県内を除く中京圏七十六人、関西圏百五十九人、その他五十七人。年代別で四十代の二百四十八人が最も多く、次いで五十代の百九十六人、三十代の百六十九人と続いた。

 東京で十月に開いた「県民」対象の交流会には約三十人が集まり、「三重は第二の古里」「故郷が注目されてうれしい」などの声が上がった。ホームページにはユニークな企画を応援する声も寄せられるなど滑り出しは上々だ。

 ネット発のPRが一定の広がりを見せる一方、現実世界の成果につなげるのが課題に。度会県民の大半は働き盛りの世代のため、今の生活を大きく変える移住や定住に踏み切るハードルは大きいためだ。

 同課の担当者は「子育てを終えたり、定年退職をしたりしたタイミングで移住先の候補にしてもらうのが現実的かもしれない。現地に足を運んでもらい、度会県に関心を持ち続けてもらえる企画を考えていきたい」と話している。

     ◇ 

 今月八日に大阪市で度会県民対象の交流会、来年一月十二日に度会町で農作業の体験イベントを予定している。希望者は度会県公式ホームページ=https://wataraiken.com/=から申し込む。

 (鈴鹿雄大)

 

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