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<縁のカタチ> 「墓友」になる(上)

合同供養祭で、合葬墓の前で合唱する米沢なな子さん(中)ら参列者=神戸市北区で

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 「秋の夕日に 照る山紅葉−」。木の葉が風に揺れ、鳥がさえずる中、高齢の男女二十人の歌声が響く。歌っているのは、神戸市西区のサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)「ゆいま〜る伊川谷」の入居者たちだ。毎年十一月一日に住宅からほど近い霊園にあるお墓で開かれる合同供養祭。参列した大林孝さん(82)は、心の中で「いずれ私もここに入りますから、お世話になります」と、“先輩たち”に語り掛ける。

 墓は、一般社団法人「コミュニティネットワーク協会」(東京)が、希望する入居者や会員らが死後に入れるようにと、二〇一二年に建立した合葬墓(共同墓)。現在、八柱が眠っており、三十四人が亡くなったら入ることにしている。大林さんもその一人だ。

 大林さんは、兵庫県北部の山あいの集落で長男として育った。死んだら家の墓に入るものと思ってきたが、定年退職後、京都市の社宅を引き払い、妻(78)とともに神戸市北区の自宅に戻ってから考えは変わった。

 自治会活動を始めて感じたのは、独居や夫婦二人の高齢者世帯が多いのに、隣近所のつながりが薄いこと。夜中に電気が付いている家を見つけ、人が倒れているのではと心配して声を掛けたが、迷惑そうに「こんな時間に」と怒られた。「隣家の木から落ち葉が大量に降ってくる」など、隣同士で話せば解決しそうなことでも、自治会に苦情が寄せられた。

 「向こう三軒両隣という世の中ではない。自分たちも要介護になったり、夫婦の片方が亡くなったりしても、ご近所の助け合いを期待しない生き方をしなくてはと思った」。四十代の娘もいるが、遠方で働いている。自力では生活がままならなくなったとき、一体だれを頼っていいのか。

 元気なうちに入居できる高齢者住宅を探し、三年前に入居した。実家の墓も五十代のころ、出身の集落にある共同墓地から、神戸市の寺に移していた。「でも、その墓もいずれは無縁墓になる。自分たちが死んで娘が一人になった時を考えた」と、合葬墓に移すことにした。同協会の理事で、大阪を拠点に高齢者住宅に関する相談を受けている米沢なな子さん(65)は「『おひとりさま』という言葉が出てきた二十年ほど前から、墓に関する要望はあった。ついのすみかを決めると、墓も気になるようだ。迷っている間に認知症になった人もいる。元気なうちに決めることが大事」と話す。

 娘の分も墓を契約した大林さんは「入居者以外でも入れるところもいい。早く知っていれば苦労しなかったのに」とほほ笑む。頭に浮かぶのは、かつて実家の墓があった共同墓地。昔は盆や正月に車で二時間かけて帰省し、お参りに行くと、親戚や近所の人との交流があった。

 そんな場所に草が生い茂り、荒れていることに気付いたのは四十代のころ。「掃除しないと目立つ」という親戚からの連絡も途絶え、周囲の墓も皆、同じようになった。「誰も会いに来ない墓は味気ない。合葬墓は自分たちが亡くなっても、誰かが参ってくれるので無残な状態にはならない」

 合同供養祭には毎年参加している。「向こうで仲間外れにされそうだから」と笑うが、仲間とのゆるやかなつながりが心地いい。「自分たちが亡くなっても、誰かが線香の一つでも上げてくれたら」

      ◇

 さまざまな人たちの遺骨が埋葬される「合葬墓」。老人ホームなどが、入居者向けに運営する例も出てきた。血縁を超えて、同じ墓で眠る“墓友”を自分で選んだ人たちの思いを聞いた。

 (出口有紀)

 

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