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<ともに 障害者のアート工房>(中) 寝転んで絵のびのびと

寝転びながら墨で絵を描く岡元俊雄さん(右)を、母の美保さんがそっと見守る=滋賀県甲賀市で

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 床にごろりと寝転んで肘枕−。これが、滋賀県甲賀市の障害者施設「やまなみ工房」で絵を描く岡元俊雄さん(40)の制作スタイルだ。国内外の美術館や画廊から展示や買い取りの打診があり、一枚二十万円ほどの値が付いたこともある知る人ぞ知る画家だ。

 描くのはトラックや、にこやかな表情の人。割り箸の先に墨汁をつけて、一メートル以上ある白い紙に野太い線を引いていく。

 岡元さんは自閉症でうまく話せず、子どものころから周囲と同じことをするように強制されることを嫌がった。保育園では、運動会のお遊戯や徒競走の練習に参加せず、運動場の隅で絵を描くときと同じ姿勢で寝転び、他の子の様子をじっと見ていた。

 母親の美保さん(64)とスーパーに買い物に行ってもごろり。「どんな教育してんねん」「甘やかしすぎや」。見ず知らずの人から、美保さんは非難を浴び続けてきた。その癖を何度も直そうとしたが、直らなかった。

 岡元さんは子どものころから、毎日のようにアニメキャラクターの絵を描いた。でも美保さんは「自閉症の子、特有のこだわり」だと思って、岡元さんの絵がうまいと感じたことはなかったという。

 中学二年生ごろから、岡元さんは暴れるようになった。目が合っただけでも急に怒りだして襲いかかり、美保さんの体は青あざだらけになった。高校卒業後、施設に通い出してからも、職員らをたたくことがあった。他の利用者らが絵を描いたり畑仕事をしたりしていても、部屋で一人で寝転んでいた。人の声が耳に入ってくるのも嫌がり、いつも耳をふさいだ。そんな生活が約十年続いた。

 ある日、施設長の山下完和(まさと)さん(51)が車でドライブに連れ出すと、岡元さんは擦れ違ったトラックを目で追った。「トラックが好きなのかな」と思った山下さんは、施設に戻ってから「とっちゃん、トラック描いてみる?」と声をかけた。岡元さんはうれしそうにトラックを描き始めた。山下さんは集中できるようにと、専用の一人部屋を使えるようにした。それ以来、岡元さんは寝転んで絵を描いている。

 二〇一二年ごろから、岡元さんの絵が国内外のギャラリーで展示されるようになった。すると「買いたい」という画廊オーナーが現れ始めた。初めて売れた絵は一枚三万円。昨年は二十枚ほど売れた。

 「俊雄の絵は、太く真っ黒な線でどーんと描かれている。『大胆さがいい』と言ってくれる人が多い。でも正直、お金を出してまで買うアートとしての価値は、素人の私には今でもよく分からない」。美保さんは言う。

 それでも、岡元さんの絵が注目されることで親子の関係も変わってきた。「他の人が俊雄の絵を『すごい』と言ってくれると私も『すごいのかも』と思い、俊雄に『とっちゃん、すごいなあ』と言うことが増えた。昔は必死に直そうとしていた寝転ぶ癖も、今やトレードマークだし」と美保さん。岡元さんも優しくなったという。以前は、バーンと乱暴に閉めて出て行った家のドアを、美保さんのために開けて待ってくれるようになった。うれしそうに美保さんに、ギューと抱きついてくることも多い。

 施設長の山下さんは言う。「絵が社会で評価されようが、高い値段が付こうが、本人は多分それほど関心がない。それよりも自分の表現方法や自分らしさを認めてもらえることが、一番うれしいんじゃないかなあ」

 (細川暁子)

 

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