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<ともに 中国帰国者の介護>(中) 言葉の壁に悩みながら

貴雄さん(奥)に見守られ、真理子さん(左)が作った昼食を食べる勝夫さん=名古屋市内で

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 「施設に入る時は、訪問介護や訪問看護の契約内容を、半日がかりで母に通訳した。事業所の人が説明してくれても、母一人だったら理解できなかったでしょうね」。名古屋市港区の木下貴雄さん(53)は、五年前、父勝夫さん(73)が、市内のサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に入居した時のことを振り返る。

 勝夫さんは、旧満州(現中国東北部)に渡った両親のもとで終戦直前に生まれ、長男の貴雄さんらと一九八二年に日本に来た。後に中国人の妻真理子さん(66)も来日し、夫婦とも日本語を習い日常会話はできるようになったが、真理子さんは日本語、中国語とも読み書きが苦手。契約書の内容を理解するのは難しい。

 七年ほど前から、勝夫さんはデイサービスやショートステイを利用してきたが、徘徊(はいかい)などの症状が出てきて真理子さんだけでは介護が困難に。サ高住に入り、真理子さんが毎日、自宅から一時間かけて介護に通っている。

 貴雄さんは市内の別の施設で働いているが、勝夫さんの介護が必要になったことで、高齢の帰国者が抱える課題に気付いた。勝夫さんは帰国後、害虫駆除の会社で定年まで働き、コミュニケーションの問題はなかったが、認知症が進むにつれて日本語と中国語が入り交じり、施設の職員が戸惑うようになった。

 「後から習得した言語は、認知症が進むと忘れていく。父は幼いころ中国にいたので、日本の童謡は知らず、みんなで歌えない。職員とのコミュニケーションもうまくとれず、言葉の壁があると感じた」と貴雄さんは話す。

 支援の要となるケアマネジャーも、本人や家族が日本語が不自由だと細かな聞き取りができず、手探りになる。ケアマネとして勝夫さんを担当したことがあり、現在は病院ケースワーカーの山田好美さん(41)=愛知県大治町=は「介護プランがうまく回っているか、本人や家族が満足しているかなど確認したくても言葉が通じない」と話す。

 勝夫さんは誤嚥(ごえん)もあり、容体が急変して病院で気管を切開する手術を受けたことがある。真理子さんは術後、「入院が必要」と病院から説明されたが理解できず「普段通っている病院に行きたい」と勝夫さんを家に連れて帰ってしまった。

 山田さんが自宅に駆けつけて訪問看護を呼んで事なきを得たが、山田さんは「医療用語は日本人でも難しいが、言葉で正確な状況をやりとりできないと、緊急事態では適切な判断ができない時もある。真理子さんが説明を理解できていたら、こうはならなかったかも」と振り返る。

 真理子さんは、山田さんに「いろいろと教えてくれて、私の体調も心配してくれた」と感謝する。「だから、言葉の不安はなかった」と、山田さんにサポートしてもらっていた時期を振り返る。

 この夏、勝夫さんは体調を崩し、食欲も落ちた。それでも真理子さん手作りのニンジンとリンゴのペーストはよく食べた。貴雄さんは二人の様子を見てほっとしながらも、言葉の問題は両親に限った話ではないと思う。「日本語で日常会話ができる人でも、介護となると問題が多い。施設の細かい決まりも理解できるのだろうか」

 (出口有紀)

 

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