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<生きる支える 心あわせて> トレーニング(下)

あおむけになり、両足でトレーニングマシンの重りを上げる奥山公一さん=津市で

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 「ぐっ…」。八月下旬のある夜、トレーニングマシンが所狭しと並べられた津市内のジム。会員の会社員らに交じって、代表の奥山公一(きみかず)さん(63)も歯を食いしばっていた。あおむけの姿勢から両足で百キロ超の重りを押し上げたり、バーベルを抱えてスクワットをしたり。言うことを聞かなかった左足が、いくらかましになってきた感じがする。

 木曜と日曜、祝日を除くジムの営業日は、足を使うメニューを中心に鍛える。「左足がまひしているので、リハビリのつもりでトレーニングをしているんです」

 まひが生じたのは昨年一月。膝などを通る腓骨(ひこつ)神経を傷めたことによる「腓骨神経障害」と診断された。足首を曲げてつま先を上げる「背屈」ができず、つまずいて転倒しやすくなり、身体障害者手帳五級の交付を受けた。複数の病院を回って薬を飲んだり、電気治療を受けたりしたが、良くならなかった。

 公一さんは、一人では起き上がったりができず認知症もある母アイ子さん(90)の食事や入浴などの世話を五年ほど前からほぼ一人でしてきた。アイ子さんが眠ると、疲れのあまりこたつで寝てしまう日が一カ月ほど続いたある朝のこと。起き上がろうとすると、左足が浮いたような感覚になり、そのまま転倒した。「足がフリーズしたようだった」。医師からは、こたつで眠って無理な姿勢が続いたからでは、と言われた。

 ジムの仕事と介護を両立する生活は、足がまひしてからさらに厳しくなった。アイ子さんを布団から起き上がらせるときも、右足だけで踏ん張るしかなかった。娘たちは結婚してそれぞれの家庭のことで忙しい。「母の元気がなくなるのが早いか、自分がつぶれるのが早いか」。将来への不安に駆られることもあった。

 ほとんどお預けになっていたトレーニングを再開できたのは今年の春。たとえ、まひそのものが治らなかったとしても「全身の自然な運動を続けることで、体のバランスをつかめば、動かしづらい左足ともうまくつきあっていけるんじゃないか」。少しずつ体を動かすこつをつかみ、気持ちにも余裕が生まれた。

 アイ子さんもまた、筋力の衰えを食い止めるため、公一さんの手ほどきでトレーニングを受けている。至近距離でのキャッチボールや軽いスクワットなど、一日十分ほどの運動だ。しかし、体が不自由でも嫌がることなく続けるアイ子さんを見ることが、公一さんの大きな張り合いになっている。

 公一さんが今、大切にしている言葉がある。「何があっても、気負けしたらあかん」。アイ子さんが教えてくれた言葉だ。若いころから、つらいことがあるたびに言われてきた。

 アイ子さんは九月中旬に熱を出して入院し、今はトレーニングを休んでいる。公一さんが見舞いに行くと、その日によって体調に差はあるが、調子の良い日は目がしっかりとしていて、ベッドの手すりを握り、寝返りを打ちたそうにしている。元気に退院できたら、ともにトレーニングに励む日々がまた始まるだろう。

 「早く元気になって、帰ってこなあかんぞ」。公一さんが耳元でささやくと、アイ子さんは「うん」と答えた。

 (河郷丈史)

 

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