トップ > 中日懇話会 > 懇話会一覧 > 記事

ここから本文

中日懇話会

第508回 「真実」を言い続けて 鷲田清一さん講演

写真

 第508回中日懇話会(中日新聞社主宰)が26日、名古屋市内のホテルであり、哲学者で京都市立芸術大の鷲田清一学長(67)が「ポスト『真実』の時代?」と題して講演した。史実や報道を例に、真実とは何かを解説。建前や理念がないがしろにされる現状を懸念した上で「これが真実ではないかと、言い続けることが大事」と訴えた。講演要旨は次の通り。

 【作り話と真実】

 ポストと言うが、かつて真実の時代があったことはない。歴史書を読めば分かる。歴史学とは終わらない真実の探求だ。ヒストリー(歴史)とストーリー(物語)の語源は同じギリシャ語のヒストリア(探求)。歴史とは誰かが語ったもので、物語の構造を持つ。個人の人生にも言える。「語る」とも「騙(かた)る」とも書くように、人の記憶は偽装の面もあるのではないか。

 真理や真実も、結局は編集や解釈される性質を残す。報道も同じ。はだかの事実は有り得ない。真実と作り話を区別することは、本当は難しい。ポスト真実と言い切るには難しい問題が背景にある。ポスト真実と単純には言えないはずだ。

 【理念の追求】

 虚言やヘイトスピーチに加え、国会での集中審議にしてもそうだが、建前が建前として維持されない時代。議論を経た意見としての与論と、大衆の感情としての世論(せろん)。その違いが建前であり、社会で言えば自由や平等といった理念にあたる。抽象的だが守られないと民主主義社会は崩れてしまう危険をはらむ。平和な時代は議論がある。何も決まらないという過去の批判が、逆に現政権のような政治の在り方を呼び込んだともいえる。

 本当の真実が成り立たない。諦めを抱く人もいるが、それでは解決しない。必要な行動は三つある。まずは複眼を持ち、自分を相対化すること。違う立場に出合うことで、世阿弥が説く「離見(りけん)の見(けん)」と似る。まなざしを置き換え、未来から自分を照らすこともしてほしい。そして危機意識とともに「これが正しいのではないか」と語り続けること。その情熱を忘れたら知性も失ってしまう。

 

この記事を印刷する

中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井 読者の方は中日新聞プラスで豊富な記事を読めます。

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索