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匠を訪ねて

[1]建築板金工 中野悠二さん(72) 銅板と手で会話

(上)拍子木でたたいて銅板を曲げ、作品に仕上げていく中野さん

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たたき上げた技 次代に

 県内には数多くの伝統産業があり、それを支える高い技術が、今も「職人」たちの腕によって受け継がれている。各地で腕を振るい、伝統、老舗、企業などを守っている人々を訪ね、その技を見せてもらうとともに、修業時代の厳しさ、現状、意気込みなどを紹介する。

 「素材の言うことを聞いてそのまま手を動かすんです」。建築板金工中野悠二さん(72)=金沢市戸水=が木づちを打つ右手とたがねを持つ左手を動かせば、銅板に滑らかな隆起が浮かび、折り台に沿って拍子木でたたけば、素直に真っすぐ折り曲がる。

 その道五十年余。金属板を加工して屋根や外壁を工事する「建築板金」のほか銅細工の工芸品も手掛ける。社寺仏閣の修復も数多く担い、金沢城の菱櫓(ひしやぐら)、五十間長屋の復元では職長を務め、昨年十一月には厚生労働大臣から卓越技能者(通称現代の名工)を受賞した。

 「左手が命。(利き手の)右手はたたくだけだから」。銅版の角度を変え、位置を動かす微妙な加減は左手の役目。左利きの場合は「右手が命」になる。

(下)銅線を編んだかご(左下)や装飾が施された雨どい(中央)などの作品=いずれも金沢市戸水で

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 子どものころから父の仕事を手伝い、高校を卒業するころには、板金技術がほぼ身についていた。あらためて父の下で修業を積み、四方を寸分狂わず合わせる「四面組み立て飾り鮟鱇(あんこう)(雨を横に流す横どいと、縦に流す竪(たて)どいをつなぐ部分)」の加工ができるようになったのを機に二十五歳で独立した。

 たたく、切る、曲げる、組み立てる。「板金の基本は本当に簡単なこと」。しかし、仕事を助ける機械が充実し、既製品にあふれた現代。亜鉛鉄板や銅板が主流だった雨どいなども、塩化ビニールに取って代わられて久しい。生活の中に板金が登場する場面は激減した。

 「仕事自体がないから、なかなか若手ができるようにならない」。それでも「今、必要ないといって技術をなくしてはいけない」。何十年、何百年後、古い建築物を直すためには古くからの技術は必ず必要になる。

 現在、現場は長男達也さん(47)に任せ、県職業訓練校、金沢職人大学校で講師を務めるほか、工場で自ら教室を開き、後進の指導、育成に力を注ぐ。

 「体が動く限りは、自分の持てる技を伝えていきたい」。その中から、次の指導者が出てくれることを願っている。

後記

 基本技術の習得に最も重きを置く中野さん。「金沢城復元のときに初めて鉛を扱った。それでも基本技術さえあれば対応できるんだ」

 基本は強い。万事に通じることだ。中野さんは今、次世代の技術を支える「根」を育む土壌となり尽力する。「ものづくり」とは、すなわち「人」を育むことでもあるとつくづく思う。 (辻紗貴子)

 

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