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九谷発祥窯跡 江戸期?の陶片 地表露出 広範な調査求める声

(上)磁器片を見つけ、手にする小矢田進さん(今年7月撮影)(下)地表に露出していた磁器片など=いずれも加賀市山中温泉九谷町の九谷磁器窯跡で

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 九谷焼が初めて作られたとされる加賀市山中温泉九谷町の国史跡「九谷磁器窯跡」で、江戸時代のものとみられる陶磁器片などの遺物が地表に露出しているのが見つかった。周辺ではイノシシが畑を荒らす被害が相次いでおり、窯跡でもイノシシが掘り起こした可能性がある。市は「史跡保護の観点から好ましくない」として遺物を回収し、シートで覆う処置を取った。(小室亜希子)

 遺物が露出していたのは、江戸前期の九谷第一号窯跡から約二十メートル北側の土手の一角。いずれも県九谷焼美術館運営委員の河島洋さん(66)と小矢田進さん(66)=いずれも加賀市=が七月下旬に窯跡を訪れた際、土がむきだしになった土手の一部で、複数の陶磁器片が表面にあるのを見つけた。

 高台が内側に入り込む、九谷焼の特徴を持つ磁器片や、皿の縁に規則的な切り込みを入れた「輪花」と呼ばれる形の磁器片もあった。発見場所の近くには江戸後期の吉田屋窯跡もあり、江戸時代のいずれかの時期の遺物とみられる。

 一帯には焼き物の失敗品を捨てる「物原(ものはら)」もあり、過去に行われた一号窯の発掘調査では二万点以上の遺物が出土した。以前は窯跡に沿うように県道が通っていたため、市文化振興課は「県道を造った際に遺物が出て、土砂ごとわきに寄せた。それが何らかの原因で露出したのではないか」と推測する。

 一方、九谷焼作家の河島さんは「窯跡の周辺にはたくさんの遺物が埋まっているのに、過去の発掘調査は範囲が限定的だった。(古九谷は佐賀・有田で作られた伊万里焼とする)古九谷伊万里説への反証から、もう一度広く調査すべきだ」と訴える。これに対し同課は「新たな遺構が見つかったわけではない。発掘調査までは考えていない」と話した。

 

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