トップ > 石川 > 1月9日の記事一覧 > 記事

ここから本文

石川

ブラジル移民名簿 見つかる 100年前から20年間 県内から1400人

金沢大の杉山欣也教授(右)と見つかった移民名簿を見る中西伸一さん=加賀市動橋町で

写真

 戦前に日本からの南米移民の送り出しを手掛けた国策会社「海外興業」によって県内からブラジルに渡った移民の当時の名簿が、白山市内の民家で見つかった。かつての移民の親族は古い名簿を目にして当時の状況に思いを巡らせ、名簿を譲り受けた金沢大の杉山欣也教授(49)は、移民史の研究者と共同で年明けから本格的な分析に乗り出した。(中平雄大)

金大・杉山教授 分析に着手

 名簿は白山市若宮の医療事務今村真由美さん(53)が、亡くなった義父宅で発見した。

 親族の筒井由紀子さん(79)=金沢市東山=によると、海外興業が国内各地に置いた事務所が金沢市内にあり、筒井さんの祖父・今村久末(ひさすえ)さん(故人)が実務者だった。名簿には一九一八〜三七年に事務所が扱った県内約二百六十世帯、千四百人分の名前や本籍地などが久末さんの字で記されている。

 中には三三年に渡航した元ブラジル県人会長の中西忠勇(ちゅうゆう)さん(故人)と、その家族の名前もあった。忠勇さんは苦労の末にバナナ園の造成で成功を収め、現地での県会館の建設にも尽力した。

 忠勇さんのおいで県海外移住家族会長の中西伸一さん(73)=加賀市動橋町=は「手書きの記録なんて初めて見た」と驚きながら名簿をめくり、「移民の一人ひとりにドラマがあるんだろう」と感慨に浸った。

 海外興業本社がまとめた全国からの移民名簿が現存しているため、名簿の存在自体が新たな発見とはいえない。しかし移民史に詳しい国際日本文化研究センター(京都市)の根川幸男研究員(54)は「石川県は移民の数が少なく、研究がほとんどされていない空白地帯。(名簿の発見が)空白を埋める契機になり、本社側の記録とも照合ができる」と指摘する。

 杉山教授は根川さんと共同で名簿のデータ化を進めて分析し、八月にサンパウロで開かれる国際学会で発表する予定。名簿は金沢大図書館に寄贈するつもりで、「展示や閲覧を通じて、石川にも移民のグローバルな歴史があると学生に知ってもらいたい」と話している。

 日本のブラジル移民 農業の人手不足に悩むブラジル政府の移民受け入れ方針を受け、貧しかった日本も国策として奨励した。1908(明治41)年に最初の移民が渡り、太平洋戦争が起きる41年までに約19万人が移住した。県別では熊本県からの移民が1万人以上で最も多い。石川県からは17年が最初で、戦前、戦後を通じて2359人が渡ったとされる。

 

この記事を印刷する

中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井 読者の方は中日新聞プラスで豊富な記事を読めます。

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索