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柱穴、謎解明へ手掛かり 野々市市教委 「末松廃寺跡」説明会

【上】「末松廃寺跡」の南側で見つかった大型の柱穴(白く囲んだ部分)【下】見つかった須恵器や屋根瓦=いずれも野々市市末松で

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 野々市市教委は二十三日、同市末松にある国史跡「末松廃寺跡」発掘調査の現地説明会を開き、成果を報告した。寺院中心部の南側で大型の柱穴三基が新たに見つかり、並ぶ向きなどから付近に門や塀があった可能性のあることが判明した。市教委はさらに寺院の範囲の特定を目指す考えだ。(冨田章午)

 末松廃寺跡は、七世紀後半に建てられた古代寺院。一九三九(昭和十四)年に国史跡になり、六六、六七年に文化庁が発掘調査をした。市教委は不明な点も多いとして、二〇一四年度から再調査している。

 本年度の調査で見つかった三つの柱穴はいずれも楕円(だえん)型で長径約一・五メートル、短径約〇・九メートル、深さ約一メートル。約三メートル間隔で発見され、穴の大きさなどから三メートルほどの門や塀があったと考えられるという。市教委によると、柱穴は八世紀後半に再建されたとされる金堂の向きと並行なため、同時期に掘られたと推定される。

 昨年度の調査では東側に柱穴一基が見つかり、寺院内施設の一部とされている。市教委は近年の調査を踏まえ、寺院の範囲を南北が五十三メートル、東西は九十二メートルと推定している。

 この日は午前と午後の二回に分けて説明会が行われた。

 午前の部には約二十人が参加し「地元にこんな古い遺跡があるなんて」と驚いていた。廃寺跡で見つかった須恵器や土師(はじ)器、屋根瓦の展示もあった。

 市教委の担当者は「柱穴が見つかったことで、寺院の大まかな広さを把握しやすくなった。まだ謎が多い末松廃寺跡の解明に向けて調査を続けていきたい」と話した。

 

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