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“学長住職”仏の道専念 元日体大・谷釜さん 志賀・正久寺へ帰郷

「門徒さんとの時間を大切にしたい」と語る谷釜了正さん=石川県志賀町里本江で

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反体罰に力、「後は門徒さんと」

 日本体育大(東京都)の学長を六年七カ月間務め、三月に退任した谷釜了正(りょうしょう)さん(69)が、生まれ育った石川県志賀町里本江(さとほんご)の真宗大谷派正久(しょうきゅう)寺に帰ってきた。先代の父親の死後、三十四年ぶりに住職が常駐する。「恩返しとはいかないかもしれないが、地元の人たちと時間、空間を共有したい」。スーツを法衣に替え、門徒とともに新たな歩みを進めている。(榊原大騎)

 六月、建て替えたばかりの庫裏に妻と二人で移り住んだ。今も引っ越し作業の途中。本堂に山積みになった蔵書の数々に、研究者生活四十一年の跡がにじむ。

 バスケットボール少年だった谷釜さんは地元の旧富来高校を卒業後、日体大に進学した。東京教育大大学院体育学研究科を修了し、日体大でスポーツ史の研究者としてキャリアをスタート。体育学部長などを経て二〇一〇年九月に学長となった。

 一方、住職になったのは、父親が亡くなった五年後の一九八八年。ただ、仕事のために常駐はできず、法事の多くは親戚の寺に代務を頼んだ。建物の維持管理は、門徒が引き受けてくれた。「外も中もきれいに保ってくれた」とほほ笑む。

 「自分は坊さんとして中途半端」と振り返るが、教育者として「あらゆる人は平等」という仏の教えは貫いてきた。学長として特に力を注いだのが、体罰や暴力への対処だった。

 「日本体育大学は、ここに改めて反体罰・反暴力を宣言します」。二〇一三年二月、学長名でこんな声明を発表し、スポーツ界の意識改革を図った。

 大阪市内の高校のバスケットボール部で、男性顧問から体罰を受けた男子生徒が自殺した直後のこと。「子どもの命を輝かせる場所で暴力をふるってどうするのか」という思いが拭えなかった。

 よりどころにしたのは、教員が児童、生徒に体罰を加えることはできないと定めた学校教育法第一一条。「この条文を守れなければ、教師になる資格はない」。宣言の発表後は全国の同窓会を行脚し、思いを説明。毎年四月には新入生を相手に自ら教壇に立ち、部活動に出向いて、命の尊さを説いた。四年間で学生の意識に変化を感じ取り、後継に後を託した。

 「命の尊厳」が自らのテーマ。寺の本堂には、学長在任中に事故などで命を落とした学生九人の名を掲げた。年に一度、お経を唱えて供養するためだ。

 過去を背負い、小さな集落で自らの経験を伝えながら生きていく−。「都会の生活は十分させてもらった。後はここで過ごしながら、門徒さんの思いに応えていきたい」

 

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