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皇太子、チャプリン…20世紀はじめの英国人には長良川鵜飼が人気? 岐阜女子大・瀬戸助教が8日の講座で発表

長良川の鵜飼い観覧船に乗るエドワード皇太子(左)(県図書館所蔵『英皇太子殿下御来朝記念写真帖』から)

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研究テーマの「海外から見た岐阜の観光」について話す瀬戸さん=岐阜市太郎丸の岐阜女子大で

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 20世紀はじめの英国で、日本を代表する観光スポットとして注目されていたのが、長良川の鵜飼いだった−。そんな研究を、岐阜女子大文化創造学部の瀬戸敦子助教(34)がまとめた。8日の大学特別講座で発表する。 

 瀬戸さんの研究テーマは「海外から見た岐阜の観光」。長良川の鵜飼いを見た外国人では、英国出身の俳優チャールズ・チャプリンが有名だが、国内外の文献を調べると、明治末期から昭和初期にかけ、ほかにも多くの英国人が訪問していたことが分かった=表参照。

 後に英国王となるエドワード皇太子も、鵜飼いを観覧した。資料によると、見学に訪れたのは一九二二(大正十一)年四月二十八日。プリンスを一目見ようと岐阜駅から鵜飼い乗船場までの沿道には一万八千人が詰め掛けた。花火が打ち上げられ、鵜匠が十二羽の鵜を操って無数のアユを捕らえる様子を「珍しきものよ」と喜んだという。

 瀬戸さんによると、英国では一九〇〇年ごろから、新聞で長良川の鵜飼いの記事が散見され、一〇年代からは旅行会社ジャパン・トラベル・ビューロー(現JTB)が、外国人向けの日本のガイドブックの中で、鵜飼いを紹介している。

 瀬戸さんは「日本は当時外国客の誘致に力を入れ始めていた」と言う。英国王室では、十六世紀末から十七世紀はじめにかけ、鵜飼いがスポーツとして親しまれており「日本への関心が高まる中、特に鵜飼いが注目を集めたのでは」と分析する。

 エドワード皇太子の来日を伝える英国の新聞各紙には「英国でも鵜飼いが復活するのか」との記事も掲載されたという。

 最近の海外のガイドブックを見ると、飛騨高山などの岐阜の観光名所が紹介されていても、鵜飼いが載っていないことがある。外国人乗船客数は十年前の六千七百人をピークに、近年は二千人台で低迷。瀬戸さんは「観光の多様化で鵜飼いの占める割合が相対的に減っており、アピールには工夫が必要」としている。

 八日は、岐阜学会特別講座「岐阜の観光を見つめて」と題し、午後一時半から岐阜女子大11号館で瀬戸さんと山中マーガレット教授(英米文学)がそれぞれ講演する。参加自由、予約不要(資料代三百円)。(問)同大地域文化研究所=058(229)2211

    ◇

 長良川の鵜飼い観覧船の乗船者数 太平洋戦争による中断を経て、戦後は年々増加を続け、1973年にNHK大河ドラマ「国盗り物語」の効果で33万7000人超を記録した。近年は10万人前後で推移していたが、2018年は豪雨の影響で中止日数が過去最多の42日間となり、乗船者数は7万6330人だった。(小倉貞俊)

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長良川鵜飼を観覧した英国人

◇ヘンリー・スペンサー・パーマー(1889年)

 1838〜1893年、近代水道を建設したお雇い外国人

◇ウォルター・ウェストン(1891年ごろ)

 1861〜1940年、宣教師。登山家として日本アルプスを世界に紹介

◇コリングウッド・イングラム(1906年ごろ)

 1880〜1981年、鳥類研究家。園芸家として日本の桜を収集・研究

◇エドワード皇太子(1922年)

 1894〜1972年、後の英国王エドワード8世

◇チャールズ・チャプリン(1936、61年)

 1889〜1977年、映画俳優、監督

※かっこ内は観覧時期

 【土平編集委員のコメント】今日紹介したのは、岐阜県を対象にした岐阜総合版の記事です。15年ほど前に岐阜市で勤務したことがあり、長良川の鵜飼いをチャプリンが見たことは知っていましたが、恋愛のため国王を退位した「王冠を賭けた恋」で有名な英・エドワード皇太子も来ていたとは初耳でした。記事を読むと、当時の歓迎ぶりが分かります。それにしても近年の外国人乗船客数の低迷は寂しい限り。見てもらえれば魅力は理解されるはずなので、アピールの方法を工夫する必要がありそうです

 

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