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公園のシンボル、ブロンズ像を撤去 岐阜・則武、台風21号で倒壊

(左)市之瀬氏が制作した記念碑のブロンズ像=記念誌から (右)台風21号でブロンズ像が倒壊した後の記念碑。コーン手前に生えていた樹木が倒れた=岐阜市則武中の蒲池公園で

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 岐阜国体のモニュメントなどを手掛け、日展審査員も務めた瑞浪市土岐町出身の彫刻家・市之瀬廣太(ひろた)氏(故人)が制作し、岐阜市内の公園に設置されていた記念碑のブロンズ像が九月の台風21号で倒壊し、撤去されていたことが分かった。市は「構造上、修復は難しい」とみて、再設置はしない考え。住民や関係者から惜しむ声が上がっている。

 記念碑は高さ三・五メートル。岐阜市則武中の「蒲池(がまいけ)公園」北側入り口にあり、則武地域の区画整理事業の完工を記念し、翌年の一九九二年に建った。台座に立つブロンズ像(一・五メートル)は、少年と少女が空を見上げながら駆けているデザインで、公園のシンボルになっていた。足元には「広太」と署名が彫られ、台座には当時の蒔田浩市長が「友愛」の題字を揮毫(きごう)している。

 市によると、台風が県内を襲った九月四日、園内の樹木が根元から倒れ、少年少女像に直撃。像は足元から折れて倒壊し、市職員が別の場所にある市の施設に移送した。住民に周知はしていないという。

 地元住民などによると記念碑は、住民六百人からなる土地区画整理組合が公園に寄贈。区画整理事業の記念誌には、制作者の市之瀬氏が「仲良し男女は 伸びゆく則武の飛躍発展のねがいを込めて(中略)この輝きを未来につなげん」との祝辞を寄せている。

故市之瀬廣太氏=瑞浪市教委提供

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 本紙の取材に、市の担当者は「細い脚が折れてしまっており、溶接し直すのは困難」と説明。記念碑の完成当時を知る近所の八十代男性は「長らく親しんできた像だったので残念」と振り返った。

 市之瀬氏の作品三百点を所蔵する瑞浪市が運営の「市之瀬廣太記念美術館」で協議会委員を務める市之瀬氏の長男、肇さん(78)=名古屋市=は像について「父が『岐阜の人に頼まれた』と、自宅アトリエで制作していたのをよく覚えている。近所の子どもたちをモデルにしていた」と振り返り、「元通りになるのが一番だが、修復が難しければ元の芸術作品ではなくなる。不可抗力で仕方ない」と話した。

 <市之瀬廣太氏> 1909(明治42)〜95(平成7)年。県立多治見工業学校(現多治見工業高)卒業後、彫刻の道に入る。県展文部大臣賞、日展菊華賞など受賞多数。日展審査員を経て64年から会員。名古屋芸術大教授を退職後、名誉教授になった。65年の岐阜国体では、参加章やモニュメント(岐阜アリーナから岐阜メモリアルセンターに移設中)を制作。91年には瑞浪市が運営する「市之瀬廣太記念館」(旧名)が完成した。

 

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