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卒業制作の陶板撤去 多治見・精華小

塀の取り壊しを前に、名残を惜しむ卒業生や教員たち=多治見市の精華小で

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 6月の大阪府北部地震で女児がブロック塀の下敷きになって死亡した事故を受けて各地で危険な塀の撤去が進む中、多治見市精華小学校では1970年代に卒業記念として制作された陶板を積み上げた塀が取り壊された。今は50代になった卒業生らも駆け付け、自分たちが思いを込めて作った陶板との別れを惜しんだ。

 「そうだ、この子は絵がうまかった」「彼とは仲良くしていた。連絡がつけば返してあげたいが…」。集まった学校関係者や卒業生の口からわずかな言葉が漏れた。

 取り壊された塀は高さ一・四メートルほどで、運動場脇にある。七四〜七九年に、六年生の卒業記念として制作された千数百人分の陶板を積み上げて造った。陶板は自分の顔をかたどったもので、四十年にわたって後輩たちを見守ってきた。

 市教委から取り壊し工事を請け負った地元建設会社社長の飯田道広さん(56)は卒業生。「粘土で立体的に顔の形を作るのは難しかった。確か、伸び伸びと表現しなさいと、図画工作の先生が教えてくれたんだ」。話すうちに記憶がよみがえる。だが、残念ながら自身の作品はどれか分からなかったという。

 PTA会長の伊藤威一郎さん(46)も「この塀のおかげで、先輩たちに守られているような気がして安心できた」と残念がる。

 この塀の補強には費用も技術も必要なことから、市教委は撤去を決定。市教委は「陶壁を地震災害対策として八月末までに撤去します」と広報誌で知らせたが、連絡がついた卒業生は一人だけ。ほとんどの陶板は廃棄された。

 市教委によると、現行の建築基準法に違反している疑いのあるブロック塀などは市立小中学校に八カ所あったが、すでに六カ所の取り壊しを終えた。精華小と同様の記念碑的な工作物のうち危険と判定されたものは他になく、担当者は「取り壊しは苦渋の決断だった」と説明した。

 (野瀬井寛)

 

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