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岐阜

千畝、母へ感謝つづる 旧制中学時代の直筆はがき発見

母に近況を報告する千畝のはがき=杉原まどかさん提供

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 第2次世界大戦中に「命のビザ」を発給してユダヤ人難民を救った杉原千畝(1900〜86年)が、旧制中学時代、朝鮮京城府(現韓国・ソウル)に転居していた母親・やつに宛てたはがきが、千畝の妻・故幸子さんの遺品から見つかった。遺族は「母親思いだった千畝の姿をあらためて実感した」と話している。

 はがきの消印は「大正五(一九一六)年七月十二日」。当時、千畝の父・好水は転勤に伴い、やつを連れて京城府に住んでいた。愛知県立第五中(現・県立瑞陵高)の五年だった千畝は、一人で名古屋市内に寄宿していた。

 はがきの表には、千畝の筆跡で、学校から帰ってやつから送られた小包を受け取ったことを報告。「大へん結構だと思いました」と感謝をつづる。また、同県内で伝染病が流行していることと、気温が上がらず、心配するほどの暑さではないことを紹介し、「大へん暮らしよいです」と締めくくっている。裏面には「名古屋国技館全景」と記載された建物の絵が描かれている。

 愛知県教委の職員は「十年ほどで閉館したとされる名古屋国技館が、この二年前に開館しており、記念の絵はがきとみられる。この年は全国的にコレラが流行しており、時代感が分かる貴重な資料」と分析する。

はがきの裏面。2年前に開館した名古屋国技館の絵はがきであると分かる

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 はがきは二年前、幸子さんの遺品を整理していた千畝の孫、まどかさん(51)が発見した。生前の千畝の発言や書簡などから、千畝が大変な母親思いだったことは知られていた。まどかさんは「はがきから、母やつに心配を掛けまいという気持ちが伝わってくる。やつも、はがきを大切に保存しており、二人が強い絆で結ばれていたことが分かる」と語った。

 瑞陵高の敷地内に来秋、愛知県が建設する千畝の顕彰施設の展示物として、同県がこのはがきを遺族から借り受けることを検討している。

 (小倉貞俊)

 

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