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滞在型観光地へ住民動く 関ケ原、来訪者急増も宿泊施設少なく

民泊に使う予定の建物=関ケ原町関ケ原で

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 天下分け目の戦いとして、日本の歴史の大きな分岐点にもなった1600年の関ケ原の戦い。その舞台となった関ケ原町は近年、県と町が主体となった観光分野への取り組みが功を奏し、来訪者が急増している。ところが町内には飲食店が少なく、宿泊施設もほとんどない。こうした現状を打開しようと住民らが動きだした。

 県の西端に位置する関ケ原町。かつて「不破関」があったように日本の東西を結ぶ交通の要所で、現在も国道21号が通り、名神高速道路のインターチェンジが設けられている。町の人口は一九八五年に一万百四十七人だったが、二〇一五年十月は七千四百十九人。一九九八年以降、死亡数が出生数を上回る自然減が続いている。

 県と町は二〇一五年に関ケ原古戦場グランドデザイン事業を打ち上げ、二〇年開館を目標とする観光拠点施設「関ケ原古戦場ビジターセンター(仮称)」の建設を計画。米・ゲティズバーグとベルギー・ワーテルローとの姉妹古戦場協定を結ぶなど、国内外への情報発信にも乗り出した。

 こうした取り組みを背景に、観光客数は一二年に約八十五万人だったのが、一五年には百万人を超えた。昨秋のイベント「合戦祭り」では二日間で約八万人が来場し、町も「駐車場が足りないほどで、あんなのは初めてだった」と振り返る。

 今年も映画「関ケ原」の公開もあり、歴史の舞台巡りはブームにもなっている。地元でも、町内でしか手に入らない畳のへりを使ったグッズの販売や、有志による「関ケ原もりあげ隊」を結成してイベントを開くなど、取り組みに連動する動きもある。

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 一方で、町内の産業別従業員数の構成(一四年)は製造業が51・7%を占め、宿泊・飲食サービス業は7・5%にとどまる。秋のイベント開催時などに訪れる観光客に対応できるだけの飲食店や宿泊施設はなく、関ケ原観光協会の職員も「町内の宿泊施設は数軒。問い合わせはあるが、大垣市内のホテルを案内せざるを得ない」と認める。

 こうした中、同町山中の建築会社「岡島ハウス産業」常務の岡島寿樹さん(40)=垂井町=が九月から、町中心部にある二階建ての社員寮を活用した民泊の検討を始めた。

民泊で使う部屋。岡島常務は「本業の建築分野のノウハウを生かして今後さらに改装していく」と意気込む=関ケ原町関ケ原で

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 同社は十年ほど前に太陽光発電事業に参入。後継者がなく将来の不動産などを心配するお年寄りらと話をするうちに「町出身者として何かしたい」と考え始め、町が観光事業に力を入れることを知り「民泊なら今ある建物を改装すればできるのでは」と思い立った。

 国保関ケ原診療所の西隣で、JR関ケ原駅まで徒歩十分、名神高速関ケ原インターから車で二分という好立地。民泊に利用するのは二階の個室二部屋と共用スペースで、今後、改装する計画だ。

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 OKB総研調査部の渡辺剛主任研究員(45)は「関ケ原はコンテンツとして県が力を入れている場所。既存の宿泊施設が少なく、新たに造る需要や場所の問題を考えると、今ある空き家などを使う民泊は有効だ」と見る。その上で「日帰りと宿泊では使うお金の額が全然違う。滞在型観光につながれば地域の活性化にもつながる」と話す。

 名古屋市など周辺地域から訪れる観光客は日帰りが多く、関ケ原を「あんまり人がいないところがいい」(東京都の三十代女性)という意見も聞かれる。岡島さんはこうした状況を踏まえながらも、町内でできる体験との組み合わせや、空き家やアパートの空き室の活用も見込む。

 岡島さんは「町出身者として、来てくれた人の満足度を高めると同時に、地域を盛り上げて地元に恩返しがしたい」と意欲を見せている。

 (吉本章紀)

 <民泊> 個人宅やマンションの空き部屋に有料で観光客らを泊めること。国は2016年4月から、旅館業法に基づく「許可制」とした。家主に宿泊者名簿の作成や定期的な清掃などを義務付ける「民泊」の基本的なルールを定めた住宅宿泊事業法が今年6月に成立し、来年6月までに施行される。都道府県や政令指定都市に届け出た家主は年180日以内の民泊営業が可能になる。

 

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