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高山場所、45年前も人気力士ずらり 勧進元の田中さん、手形や写真大切に

6人の手形の下で当時の法被をまとった田中さん(右)とかず子さん=高山市下三之町で

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 魁傑、貴ノ花、北の富士、琴桜、清国、輪島−。一九七二年の大相撲高山場所で対戦した三役の迫力ある手形が、高山市下三之町の田中三郎さん(91)宅に飾られている。最近、自宅を片付けていたところ、当時の法被や記念写真なども見つかったという。十七日に市内で開かれる高山場所を前に、田中さんに四十五年前の様子を振り返ってもらった。

 「高山線の汽車は人でいっぱい。会場も人でごった返していた」。「高山勧進元」という文字の入った当時の法被に袖を通し、田中さんは話した。

 高山場所は七二年八月、高山市昭和町二にあった飛騨体育館で開催され、力士約二百五十人が出場。その姿を一目見ようと、飛騨一円から集まった人で、会場の外まで人があふれていたという。

北の富士と記念撮影をした勧進元の地元住民ら。田中さんは前列右端=1972年8月、高山市昭和町で

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 「旅館やホテルを経営する地元の人は大喜び。お祭りのように盛り上がった」と田中さん。高山商工会議所などが中心となって、高山勧進元として運営の一部を担った。好きな力士を自宅に招き、もてなす人もいたという。当時、同市下三之町で靴店を営み、同商議所の議員だった田中さんも運営に参加し、会場係を担当した。当時の記念写真には、田中さんら勧進元と、横綱北の富士が一緒に納まっていた。

 「六人の手形はどうしてもらえたのか覚えてないが、勧進元へのお礼として、いくつか贈ってくれたのだと思う」と振り返る。

 妻のかず子さん(87)は写真を眺めながら「(ハワイ出身の)高見山と町で会って、大きくてびっくりしたのをよく覚えている」と当時を思い出す。「若かったので相撲に興味がなかったけど、今は大好きよ」と笑う。

 田中さんは「今度の高山場所には、足腰が悪いので行けないが、テレビなどで見るのを楽しみにしている」と話していた。

 (戎野文菜)

 

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