トップ > 福井 > 11月12日の記事一覧 > 記事

ここから本文

福井

春嶽の漫画、歴女が原作 福井の後藤さん

原作を担当した松平春嶽のコミック本を手にする後藤さん=福井市大宮2で

写真

 幕末から明治を生きた福井藩十六代藩主、松平春嶽を描いたコミック本の原作を、県内の女性歴史愛好家でつくる「ふくい歴女の会」会長の後藤ひろみさん(48)=福井市松城町=が担当した。歴史の専門家ではないが、福井出身の目線を大切にして地元の偉人を紹介した。「春嶽と旅するような感覚で幕末の流れをつかんでほしい」とPRする。

 ポプラ社(東京)発行の「コミック版日本の歴史」シリーズの一つで、十月に発売された。春嶽の十一歳から明治初期の四十代までを中心に紹介。盛り込んだエピソードやセリフに、後藤さんの意見が反映されている。

 中でも知ってほしいと強調するのは、一八六八(慶応四)年の鳥羽・伏見の戦いの直前のシーン。「なんとしても武力衝突を回避するのだ」。旧幕府軍と、薩摩、長州を中心とした新政府軍の衝突を避けるため、三万人の両軍に対し、春嶽が自身を含め百人に満たない越前兵を間に入れることを決めた場面だ。後藤さんの提案で盛り込まれた逸話といい「決めたら命懸けでもやるという、春嶽の思いの強さを知ってほしい」と語る。

 後藤さんは福井高専で化学を専攻し卒業後は県外の企業に就職。赤外線を使って有機物の構造を解析していた“リケジョ”だった。

 「何事も突き詰めたい性格」という後藤さん。歴史にのめり込んだのは、一九九八年に帰郷してから。福井市の一乗谷朝倉氏遺跡を訪れたことをきっかけに、図書館や企画展、講演に足を運び、歴史を学んだ。継体天皇や明智光秀、柴田勝家といった「時代のキーパーソン」が、福井にゆかりがあることに感動した。

 二〇一三年には「全国歴史研究会」に入会。会の催しで、シリーズの企画・構成・監修を務める歴史家加来耕三さんと知り合い、交流を深めた。春嶽のコミック本の出版に向けて加来さんと意見を交わす中で今春、加来さんから原作を任されたという。

 県外から福井に戻り、「福井には何もない」という声が気になっていた後藤さん。「百五十年前に、命を懸けて行動していた先人を知らずに『何もない』とは言えないはず。福井にすごい人がいたことが、地元の誇りや自信につながると思う」と力を込める。

 A5判百二十七ページで価格は千円(税別)。後藤さんが経営する県立歴史博物館(福井市大宮二)併設の「ときめぐる、カフヱー。」や県内の書店で販売している。

◆26日に明治150年シンポ 県立歴史博物館

 県などは二十六日午後一時から、幕末明治福井百五十年シンポジウムを福井市大宮二の県立歴史博物館で開く。

 歴史家の加来耕三さんが「ニッポンの夜明けは福井から〜幕末の名君・松平春嶽〜」と題して講演する。歴史資源を生かしたまちづくりなどについて、加来さんや福井市立郷土歴史博物館長の角鹿尚計さん、県観光連盟専務理事の佐々木康男さん、ふくい歴女の会会長の後藤ひろみさんが意見を交わすシンポもある。

 参加無料だが、二十四日までに事前申し込みが必要。電話受け付けは平日午前八時半〜午後五時十五分。定員百八十人で先着順。(問)幕末明治福井百五十年博実行委事務局(県ブランド営業課内)=0776(20)0762

 (鈴木啓太)

 <松平春嶽(まつだいら・しゅんがく)> 1828(文政11)〜90(明治23)年。御三卿の田安徳川家に生まれ、急死した福井藩15代藩主松平斉善の養子となり、11歳で藩主になる。身分にとらわれずに橋本左内や由利公正ら人材を登用し、藩政改革に取り組んだ。62(文久2)年には、幕府の最高職の大老と同等の要職「政事総裁職」に就いた。薩摩藩主島津斉彬らとともに、幕末に活躍した「四賢侯(しけんこう)」と呼ばれる。大政奉還に賛同し、明治の新政府でも重職に就いた。

 

この記事を印刷する

中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井 読者の方は中日新聞プラスで豊富な記事を読めます。

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索