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さくらももこさん死去、53歳 「ちびまる子ちゃん」

 「ちびまる子ちゃん」で知られる人気漫画家のさくらももこさん(本名非公表)が十五日午後八時二十九分、乳がんのため死去した。五十三歳。静岡県清水市(現静岡市清水区)出身。葬儀・告別式は近親者で済ませた。

 一九八四年に漫画家デビューした。「ちびまる子ちゃん」は八六年、月刊少女漫画誌「りぼん」で連載を開始。昭和四十年代に小学三年生だったさくらさんをモデルに、まる子ちゃんとその家族、友人たちの飾らない日常をユーモアたっぷりに描いた。

 九〇年からテレビアニメが放送され、最高視聴率39・9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。映画にもなり「平成のサザエさん」と呼ばれるほどの国民的人気を博した。さくらさん自身が作詞した主題歌「おどるポンポコリン」は九〇年に日本レコード大賞を受賞。漫画の単行本は十六巻で累計発行部数は三千二百万部を超える。海外でも翻訳、出版されている。

 エッセー「もものかんづめ」「さるのこしかけ」「たいのおかしら」の三部作は、それぞれミリオンセラーとなった。エッセーで子ども時代に「はにかみ屋で、すごく冷めていた」と振り返るように、独特の鋭い観察眼が作風に生きていた。

◆本紙に連載、震災で転機

 さくらももこさんは二〇〇七年七月一日から一一年十二月三十一日までの四年半、初の新聞連載として、本紙朝刊で四コマ漫画「ちびまる子ちゃん」を描いた。すでにテレビアニメ化され国民的作品となっていたが、四コマを「自分の創作意識の新しい軸」として、意欲的に取り組んでいた。

 まる子は、自身の子供時代を投影した主人公。昭和の時代に育った多くの人が共通の体験として記憶している小学生の「あのころ」が、漫画の中で再現され、絶妙な笑いを誘う。愛らしい姿の小学生が、ふいに見せる冷静さや、大人の縮図のようなクラスメートの人間関係などを「あるある」と感じる人は多かっただろう。

 連載開始前に本紙に掲載されたインタビューでは、まる子のことを「ちょっと照れ屋で明るい性格で、基本的にはまじめだけれど面倒くさがりだったりするという、ごく普通の女の子」と話し、子供目線の楽しい漫画を描き続けた。幅広い人気を博した理由について「家庭や学校内の日常がテーマで、共感していただける内容だったのと、絵柄が親しみやすかったのかな」と分析していた。

 連載は一一年三月十一日、東日本大震災で一つの転機を迎えた。それまで社会問題については「多くの方がそれぞれ意見をお持ちだと思うので」と、作品には反映しない方針でいたが、同月十八日には、被災者へのメッセージを込めた漫画を発表。まる子が、涙を浮かべながら「きっと大丈夫だよね。日本も」と語る内容だった。直後から約二週間休載。一一年末に連載を終了する時も、その時期が「本当につらかった」と、振り返った。

 親しい編集者以外に、人前に出ることはめったになかったが、打ち合わせで会った本紙の連載担当者は「和服姿で現れて、よく話しかけてくれた。気さくで気遣いがある人だった」と、思い出を語る。関係者によると、連載当時から乳がんを患っていたという。

 さくらさんの連載終了時のインタビューは、次のような読者への感謝の言葉でしめくくられている。

 「皆さまからのご声援が心の支えでした。この四コマの仕事で得た力をこれからの創作活動にも役立てて、がんばってゆきたいと思っています」

 (中村陽子)

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