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英虞湾海図104年ぶり改訂 サミット警備きっかけ

パソコンで編集される英虞湾の海図(後方)。手前は約100年前の海図=名古屋市港区の第四管区海上保安本部で(高岡辰伍撮影)

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 昨年五月に伊勢志摩サミットが開かれた三重県志摩市の英虞(あご)湾の海図が来年度、百四年ぶりに全面改訂されることになった。サミットで沿岸を警備した第四管区海上保安本部(名古屋市)が進めるプロジェクト。サミットの遺産として、観光船が行き交う英虞湾の安全や、津波対策など地域防災にも役立てる。

 「百年前の古い海図しかないのか…」。サミットの開催が決まった二〇一五年六月。海の警備を担う四管幹部は頭を抱えた。

 サミットの主会場だった志摩市の賢島は、英虞湾(面積約四十二平方キロメートル)にある六十余の島の一つ。湾内はリアス海岸で複雑に入り組み、浅い場所の水深は五メートルほど。海上保安庁の巡視船も入れない。各国首脳をテロから守る警備計画をつくるには、水深や地形を記した海図が頼り。しかし、英虞湾の海図は一九一四(大正三)年のものしかなかった。

 四管海洋情報部によると、海図作りは明治時代、測量技術を持つ英国海軍の協力で本格化した。英虞湾の海図は、旧日本海軍の水路部が延べ二千二百日を費やして完成させたという。当時の測量は、船から十メートルごとに重りのついたワイヤを海底に落として水深を測る地道な作業だった。湾内は大型船の出入りが少ないこともあって水深など海図の基本情報は、一昨年まで一世紀の間、更新されなかった。

 サミットを控え、海上保安庁は航空機や船からレーザーや音波を照射し、英虞湾内の約六億カ所の地形を精密に測定。約二十カ所でそれまでの海図より水深が一〜五メートルほど浅く、英虞湾の入り口の海底が二〇メートルほど急に深くなっていたことも分かった。

 海洋情報部監理課の五藤公威(きみたけ)課長は「巨大地震が起きた場合は二〇メートルを超す津波が襲うことなども、今回の測定であらためて確認できた」と話す。

 四管は実際の警備にこれらの最新データを生かすとともに、昨年十二月、サミット開催の記念として、志摩市に湾内の海底を記した地形図を贈呈。志摩市内の十八カ所の小中学校の校舎にこの地形図が掲示され、市の担当者は「子どもたちが地元の海の理解を深めることができた」と喜ぶ。

 四管では来年度の海図の完成に向けて、英語で地名を併記したり、湾内に沈船の位置を書き込んだりといった編集作業に追われる。完成後は一般財団法人、日本水路協会(東京)を通じて、船舶会社などに販売する。海洋情報部の杉山栄彦(よしひこ)部長は「新たな海図で英虞湾の海の安全につなげ、地域の防災にも貢献できたら」と話している。

 (池内琢)

 

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