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<「命のビザ」の問い掛け>(4) アウシュビッツで学ぶ

「働けば自由になれる」とドイツ語で掲げられた収容所の門をくぐる見学者たち=ポーランド・オシフィエンチムのアウシュビッツ博物館で(平井一敏撮影)

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 山積みされた女性の髪の毛、薄暗いガス室、殺された人々の骨の粉が入ったつぼ…。蛮行の跡を前に、訪れた人は言葉を失う。ナチス・ドイツが、人種の優劣を決めつけてユダヤ人らを虐殺する舞台となったポーランドのアウシュビッツ強制収容所は、人類最悪の人道犯罪を象徴する。

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 「人間の悪い方の可能性を示す場所です」。収容所唯一の日本人公認ガイド中谷剛(51)が語った。ポーランドで難関の国家試験に合格し、二十年間ガイドを務めてきた。今、杉原千畝(ちうね)のことを思い、自問を続ける。「ドイツ人は良い人なのに、どうしてこんなことをしたのか」「なぜ、杉原さんは助けることができたのか」

 杉原がいたリトアニアでも、二十万人いたユダヤ人の九割以上が殺されている。一九四〇年六月、リトアニアにソ連軍が進駐した。その夏、領事代理としてユダヤ人難民に日本通過ビザを発給し続けていた杉原だったが、ソ連から国外退去を求められ、九月初旬に国を出る。翌年、独ソが開戦し、ナチス・ドイツの支配下に入ると、ユダヤ人の大量虐殺「ホロコースト」が始まった。

 リトアニアにはユダヤ人をかくまった市民が大勢いたが、反ユダヤ主義に同調し虐殺に関わった市民もいた。日本領事館があったカウナスには、収容所として使われ、約五万人のユダヤ人が殺された要塞(ようさい)跡が博物館として残る。岐阜県八百津町から訪れた中学生と今年八月に交流したカウナスの学校長リナ・ビルシリエネ(42)は、自国の虐殺の歴史に複雑な思いを抱きながら、「分け隔てなく救いの手をさしのべた。私たちにも大切な人物です」と杉原をたたえる。

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録されているアウシュビッツ収容所では、訪問者数が昨年、過去最多の二百五万人に達した。その75%は十四〜二十五歳の若者だった。移民や難民問題に悩む欧州連合(EU)が、人種差別をなくし、統合を強めるための教育の場として利用しており、訪問者数の増加につながった。

 日本では、外国人労働者が昨年初めて百万人を超えた。人手不足が深刻化する中、政府は外国人材の受け入れ拡大も見据える。一方で、在日韓国・朝鮮人らに対するヘイトスピーチなど外国人への差別も問題化している。

 中谷は危ぶむ。「心の垣根を低くする。そういう教育をやっていかないと、グローバル化する中で失敗しかねない」。昨年日本で難民申請した一万九百一人のうち、認定されたのは二十八人にすぎないという現実に対しても、世界の目は厳しい。「日本人はもっと、杉原さんのことを知ることが重要だ。現代の難民を助ける、良い方法が見つかるかもしれない」。日本に視線を向けた。

 =敬称略

収容所跡の線路に、岐阜県八百津町の中学生がたむけた千羽鶴=ポーランド・オシフィエンチムのアウシュビッツ博物館で(平井一敏撮影)

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