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一面

自由と人権はどこへ 論説主幹 深田実

 いわゆる「共謀罪」の導入で、私たちは何を得て何を失うのだろうか。

 得るもの。テロ防止に少しは役立つのかもしれない。政府の言う通りなら外国からテロ関連情報も来るかもしれない。もちろん想定上の話で具体的に示されているわけではない。イスラムテロを防ぐのなら貧困や失業の対策など本を絶つ方が効果的にも思われる。

 では失うものは。

 一番は自由ではないか。日本ペンクラブの集会などでは、内心の自由、表現の自由への侵害の恐れが口々に唱えられた。それらの自由なくして闊達(かったつ)な社会はありえず、おそらく豊かさや繁栄まで奪われてしまうだろう。

 もう一つ恐れるのは人権が脅かされることである。起きてもいない犯罪を防ごうとすれば、捜査の網は必然的に広く深くなりプライバシーは密(ひそ)かに侵され、誤認逮捕や冤罪(えんざい)は不可避となるだろう。

 アメリカで9・11テロが起きたころ、ニューヨークの街でランチに出れば、三十回以上監視カメラに撮影されると話題になった。カメラは役立ちもするが、最近では米政府が巨大電算施設を使って国民のメールなどを「盗聴」していたと内部告発で明らかになった。

 通信や検索技術の発達は社会には利便を、権力には監視社会への誘惑を与えたともいえる。

 日本がアメリカのようになるとは言わないが、国家監視の恐れは消えない。

 見えざる恐れの中で、自由と人権が縮減するのなら私たちの社会の最も大切な共通価値である民主主義が後退してしまう。共謀罪の是非とは健全な民主主義の成否にも等しいのである。

 失われたのなら取り戻さねばならない。取り戻す力はそれでも民主主義であり、権力監視であり、国民の良識である。

 

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