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共創 アジアへ

第4部 続・トヨタ 道を知る(6)

日本輸出用のハイラックスに天井などから光を当て塗装状態を検査するタイ人従業員=タイ東部チャチュンサオ県のタイトヨタ・バンポー工場で(山上隆之撮影)

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 黒と白の一台ずつのピックアップ(荷台付き)トラック「ハイラックス」が、中部地方のトヨタ販売店のサービス担当者三十人に囲まれた。「塗装にムラがある」「鋼板の接ぎ目の仕上がりが左右違う」。担当者は車体の隅々に顔を近づけては付箋を貼り、その理由を用紙に書き込んでいく。

 十三年ぶりの日本での販売復活に向け、タイからの初輸出を三カ月後に控えていた。二〇一七年五月、岐阜県多治見市のトヨタ自動車の施設で開いた内覧会に、タイトヨタが試作車二台を船で運んできた。顧客に日々接する担当者のチェックを受けるためだった。

 「タイの品質はいいね、と認めてもらえると思っていたのですが…」。内覧会に立ち会ったタイトヨタの製造統括、砂月明寿(さつきあきとし)(52)は振り返る。付箋が貼られたのは外観だけで百カ所に及んだ。「お墨付き」をもらうつもりが、このままでは日本で売れない「ダメ出し」になった。

 ハイラックスは〇四年に日本で販売を終え、新興国向け世界戦略車「IMV」の主力車種となっていた。一六年一月、日本での販売再開を求める声に応え、タイからの「逆輸入」が決まると、タイ東部にあるバンポー工場で、タイ人従業員が品質向上に取り組んできた。

 「こんな小さなことまで指摘されるとは、やはり日本の目は厳しい。でも、やるしかない」。工場長のチャロエンチャイ・インチャルーンキット(53)は直ちにタイに戻った。

 現場には「タイトヨタの品質基準はクリアしているのに」と不満が渦巻いていた。タイではトラックだが、日本では高級車並みの乗用車という意識の違いがあった。従業員にすれば、ハイラックスを延べ百二十カ国以上に輸出してきた自負もある。「そんな指摘はほかの国から受けていない」と納得できない人もいた。

 幸い、指摘はいずれも作業方法の見直しで改善できることが判明した。「最高級ブランド『レクサス』を将来、タイで造ることが俺たちの目標ではなかったのか。でも今は無理だよね」。工場長のひと言で従業員の目つきが変わった。

 塗装を均一にするため、塗料の代わりに水を使い、スプレーを何度も吹いて練習する。磨きのムラをなくすため「バフ」と呼ばれる研磨工具を重量計に押し当て、圧力を一定にする感覚をつかむ。再び試作に取り組んで検査に合格し、一七年八月の日本向け生産開始に間に合わせた。

 生産ラインに従事する二千五百人のうち、日本向けの塗装や検査などを担う七十人だけが「JAPAN EXPORT(日本輸出)」と記した制服やバッジを着ける。やる気を高める効果を期待したところ、一日当たりの生産体制が当初の四台から三十二台に増え、納期も六カ月待ちから四カ月待ちに改善した。

 日本からのダメ出しはバンポーだけでなく、サムロン、ゲートウェイ両工場の従業員も刺激する。サムロンもハイラックスを造っており、サムロン製とバンポー製の二台を並べて、それぞれの従業員に比較させた。違いは明らかだった。「お互いに必死。同じ車を造っているから、負けたくない」と砂月は言う。工場間の競争意識も品質の高みへつながっていく。

 (敬称略)

 

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