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丸栄 思い出ありがとう

涙。涙。去らぬ人波 道路まで

閉店の瞬間を見届けようと「丸栄」前の歩道を埋め尽くした大勢の人たち=30日午後7時15分、名古屋栄で

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 七十五年の営業に終わりを告げる「蛍の光」が流れた。三十日夜、名古屋の人々に愛された繁華街・栄の老舗百貨店「丸栄」が閉店した。別れを惜しむ人の波は店の予想を大きく超え、大通りの車道にまであふれた。「丸栄、さよなら。ありがとう」。少しかすれた涙声が、感謝の拍手にかき消された。

 店員が力いっぱいの笑顔で退店を促しても、買い物客は動かない。閉店セレモニーの会場になった東玄関は、予定の七時をすぎても大混雑したまま。お礼のあいさつをする店員は十人が一列に並ぶ予定だったが、そのスペースが確保できないほど人が押し寄せた。

 午後七時十七分。浜島吉充社長が「誠に勝手ながら閉店をさせていただきます」と深く頭を下げると、赤地に白い文字で「永年のご愛顧、誠にありがとうございました」と書いた幕が、閉じた自動ドアの向こう側で引かれた。一九四三(昭和十八)年設立の老舗の歴史を刻む「丸榮」のロゴも書かれていた。

 人垣の隙間から一生懸命にセレモニーをのぞき込んだ名古屋市中村区の主婦山田ゆり子さん(72)は「大事な思い出がなくなってしまうような気がする」と涙ぐんだ。東玄関の天井の金色の梁(はり)や店内の大理石の床、二科会の会長だった画家東郷青児の絵があしらわれたエレベーターの扉など、建物の細部にこだわる丸栄が好きだった。

 大切な祝い事の買い物は、ほぼ丸栄。娘の成人式の晴れ着をそろえたのも大切な思い出だ。「丸栄とは年齢が近く、名古屋に生まれた私にとって一緒に育った仲間のような存在だった」。感謝を込めて拍手した。

 愛知県北名古屋市の会社員榊原康太さん(25)が同僚から「テツ太君」と呼ばれるほどの鉄道好きになったのは、十四年前から毎年、丸栄がゴールデンウイークに開いた鉄道模型展がきっかけだった。名鉄やJR東海の車両の模型が走る、名古屋のローカル色にこだわった展示会。「丸栄さんは、名古屋っぽさ、地元っぽさを一番感じさせてくれる百貨店だった」と話し、屋上ではためく「丸栄」の旗を見上げて涙をぬぐった。

閉店を迎え、ロゴの入った赤い幕が引かれた=名古屋・栄で

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