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丸栄 思い出ありがとう

<社説>丸栄の閉店 変わりゆく百貨店の姿

 名古屋の百貨店、丸栄が今月末で閉店する。老朽化した建物の再開発に伴って歴史に幕を閉じる背景には、かつて「流通の王者」と呼ばれた百貨店業界の厳しい現状がある。

 「良心のデパート」「デパ地下大好きでした」−。閉店セール中の丸栄はこれまでの歩みを振り返るパネル展を開いていて、訪れた客が記したメッセージも張り出している。百貨店には敷居が高いイメージもあるが、丸栄は気軽に入れる印象が根強いようだ。

 前身の呉服店が百貨店へ転じ九十九年、丸栄となって七十五年、名古屋では松坂屋に次ぐ歴史がある。実用本位を掲げて高級路線と一線を画してきたものの、戦後はライバル店が増えて苦しい経営が続いてきた。

 丸栄が閉店するのは施設を建て替えて再開発するためだ。しかし、再開発に当たる親会社で医薬品メーカーの興和は、建て替え後の新施設では百貨店を運営しない方針を示している。

 百貨店の苦境は丸栄に限らない。かねて郊外型のショッピングセンターなどと競争が激しく、近年は首都圏や関西で閉店が相次いだ。日本百貨店協会が集計する全国の売上高の対象店舗数(面積千五百平方メートル以上)は、ピークの一九九九年の三百十一に対し、現在は二百二十と三割も減っている。

 商品を自ら仕入れて売る百貨店は流行の発信地でもあるが、有名ブランドは自前の路面店も構えるようになった。ユニクロのような低価格の衣料店やインターネット通販が台頭し、個人間で中古品がネット売買される時代でもある。集客力を高めるため、名古屋の百貨店では家電や雑貨の専門店をあえてテナントに招く動きも進んだ。百貨店のブランド価値が低下していることは否めない。

 東京・銀座の「GINZA SIX(ギンザシックス)」は象徴的と言える。松坂屋銀座店を建て替えて昨年春に誕生したが、運営を手がけるJ・フロントリテイリングが半ばテナント業に徹してブランドを誘致し、人気を呼んだ。名古屋の栄地区にJフロントが計画する商業施設も「脱・百貨店」を検討するようだ。

 百貨店の姿が変わろうとも、自ら生活提案する総合力を忘れるべきではない。いっそ地元との関わりをもっと意識してはどうか。地元産や地元素材の商品をそろえ、その価値をエリア外にも発信する。衣食住の資源が多い中部地方では可能性があるだろう。

 

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