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丸栄 思い出ありがとう

丸栄と共に去りぬ 誕生から歩み 個人店主ら再出発

ミシンを操り名前を刺しゅうする杉本光司さん=名古屋・栄の丸栄で

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 名古屋・栄の老舗百貨店丸栄が六月末で閉店する。名古屋にしか店がない地元百貨店のため、入居するテナントも事業規模の小さい個人経営や東海地盤の企業が目立つ。丸栄の閉店は、こうした店にとっても、のれんを下ろしたり、新天地での再出発を期したりとの節目になる。(竹田弘毅)

 ダダダ…。針が布地をたたくと、スーツの裏地に流れるような字体のアルファベットが浮かび上がる。紳士服売り場ネーム刺しゅうコーナーの杉本光司さん(62)が年季の入ったミシンを操り、六文字をわずか三十秒で仕上げた。一九四三年の丸栄誕生から続く個人経営の「杉本ネーム刺繍(ししゅう)」は丸栄とともに店を閉じる。

 高校を卒業し、名古屋市中区の刺しゅう店「バンノーネーム」で七年ほど修業を積んだ後、父の玉光さん(故人)が営んでいた杉本ネーム刺繍に入った。バブル期後の一九九〇年代までは、紳士服の刺しゅうの注文が多い日で百五十件以上もあったが、今では一〜二件あれば良い方だという。「昔はバーゲンがあればスーツが飛ぶように売れた。忙しくて仕方ない時代もあった」と懐かしむ。

 現在は代わりに洋服のボタン穴を作る依頼が増え、洋裁が趣味の女性を中心に常連客が多い。杉本さんは七月以降、バンノーネームに戻って職人として働く予定。「次の仕事先が決まったら連絡してほしい」と請われ、既に約八十件の電話番号を預かった。夫の服を買うたび立ち寄った岐阜県可児市の中島優子さん(63)も「早くて奇麗な仕事がありがたい」と杉本さんの仕事ぶりに信頼を置く。店がなくなっても熟練の技を求めて客足は続きそうだ。

食品売り場で豆製品を売る「豆百嘉」の大橋一範社長=名古屋・栄の丸栄で

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 食品売り場で豆製品を売る「豆百嘉(ひゃっか)」も百年以上にわたって掲げたのれんを下ろす。七十五年前に合併してできた丸栄の前身の小売店時代から続く店は、オリエンタル中村百貨店(現名古屋三越)や中日ビルでの営業を経て、数十年前に丸栄に戻った。

 運営する大橋商店の三代目、大橋一範社長(58)は「常連が七十代から八十代と高齢化し、続けてもじり貧になる。寂しいがいつか線引きする必要があった」と語る。年に一回、正月向けの黒豆を県外から買い求める客などなじみ客は多い。毎日売り場に立つ大橋社長に「またどこかでやってよ」と声は絶えないが、先行きが見通しにくい家業を冷静に見切り、第二の人生のため就職先を探している。

 名古屋唯一の常設店を丸栄内に構える和菓子の「養老軒」(岐阜県川辺町)は閉店後、名古屋市内に新たに店を設ける。フルーツ大福が週末に千個以上売れるほどの人気で、渡辺幸子社長は「ファンから強い要望があった」と話す。

 

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