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知るコレ!

時代や社会を映し進化 学校と制服

新しい学校生活に向(む)け、ブレザーやスカートなどを選(えら)ぶ親子=東京都渋谷区(とうきょうとしぶやく)で

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 みんなの学校には制服(せいふく)がありますか? 新しい学校生活に向(む)け、通学用の服を準備(じゅんび)する人が多い季節(きせつ)。最近(さいきん)は制服がない学校でも、あえてセーラー服やブレザーといった制服ファッションを選(えら)ぶ人が増(ふ)えているそう。人気の秘密(ひみつ)を探(さぐ)ってきました。 (川合道子(かわいみちこ))

 三月初(はじ)め、東京都渋谷区(とうきょうとしぶやく)の衣料品店(いりょうひんてん)「CONOMi原宿(このみはらじゅく)店」を訪(たず)ねると、都内外から来た小中学生や高校生たちが、母親と楽しそうに洋服(ようふく)を選(えら)んでいました。

 店内にはブレザーやチェックのスカート、スラックス、色とりどりのリボンやネクタイなど約(やく)千点がずらり。一見学校の制服(せいふく)のようですが、どこかの学校が指定(してい)している服ではありません。

 四月から制服がない都内の私立(しりつ)中学に通う小学六年の岡安愛莉(おかやすあいり)さん(12)は、紺色(こんいろ)のブレザーに青いラインの入ったチェックのスカートを選びました。色違(いろちが)いのシャツやリボンなどもそろえ「いろいろな組み合わせで着(き)られてうれしい。学校が楽しみ」。埼玉県(さいたまけん)から来た女子高生(16)も「服装(ふくそう)は自由(じゆう)ですが、やっぱり高校生までしか着られないものだと思うから」と、お目当てのグレーのセーラー服を手に、笑顔(えがお)を見せました。

 「自分好(ごの)みの“制服”をコーディネートすることができるんです」と説明(せつめい)してくれたのは、店を経営(けいえい)する「このみ」(本社・新潟(にいがた)県妙高(みょうこう)市)社長の相浦孝行(あいうらたかゆき)さん(44)です。十年前に原宿店を開(ひら)いて以来(いらい)、売り上げは「当初(とうしょ)の五倍(ばい)」と言い、この春には初(はじ)めて、名古屋(なごや)市内でも期間限定(きかんげんてい)のショップを開いています。

 相浦さんが、制服に似(に)た洋服を集(あつ)めた店をつくるきっかけとなったのは、実家(じっか)の小さな衣料品店を訪(おとず)れた女子高生の言葉(ことば)でした。「高校の制服がなくなったけれど、私(わたし)は制服を着たい」

 実(じつ)は、その高校で相浦さんはかつて、制服の自由化(か)を呼(よ)び掛(か)けていました。制服のズボンを太くしたり、スカートを短(みじか)くしたりして着崩(きくず)すと、先生から注意(ちゅうい)されることを疑問(ぎもん)に感(かん)じていたからです。「なぜ自分たちの服を好(す)きなように着られないのか、私にとって制服は『学校にしばられるもの』という感覚(かんかく)でした」

 一方、女子高生が求(もと)めていたのは「学校が決(き)めた制服ではなく、自分たちを輝(かがや)かせてくれる“制服”」でした。試(ため)しに、その高校生が思い描(えが)くスカートを作ってあげると、一人また一人とお客(きゃく)さんが増(ふ)えました。相浦さんは「自分が選んだ“制服”は、誰(だれ)かにしばられたものではないと気づかされた」と話しました。

 今や人気は海外にも広がり、ヨーロッパやアジアの二十カ国でファッションショーを開くほどに。店舗(てんぽ)には多くの外国人旅行者(りょこうしゃ)も訪れるようになっています。

 日本で洋服(ようふく)の学生服が登場(とうじょう)したのは、明治時代(めいじじだい)の初(はじ)め。当時、外国に対抗(たいこう)する軍事力(ぐんじりょく)を高めようと、政府(せいふ)は軍服(ぐんぷく)として動(うご)きにくい和服(わふく)をやめて、洋装化(ようそうか)を進(すす)めていました。とはいえまだ洋服は高価(こうか)で、制服(せいふく)メーカーの一つ「菅公(かんこう)学生服」学生工学研究所(けんきゅうじょ)の原田季典部長(はらだとしのりぶちょう)は「特別(とくべつ)な身分(みぶん)の人が通う学校などに限(かぎ)られていました」と話します。

 大正(たいしょう)から昭和(しょうわ)にかけて一般(いっぱん)の子どもにも洋服が広まり、学校に着(き)ていく「洋服の標準(ひょうじゅん)」が示(しめ)されるように。綿花(めんか)の栽培(さいばい)が盛(さか)んだった岡山県(おかやまけん)で安(やす)い学生服が大量生産(たいりょうせいさん)できるようになると、そろいの詰(つ)め襟(えり)やセーラー服を着る人が増(ふ)え、これが「標準服」や「制服」として定着(ていちゃく)したと考えられています。

 戦後(せんご)、服の素材(そざい)はポリエステルやナイロンといった化学繊維(かがくせんい)に変(か)わり、学生服も「より動きやすく、洗濯(せんたく)しやすいように進化(しんか)してきました」と原田部長。最近(さいきん)ではLGBT(エルジービーティー)など性的少数者(せいてきしょうすうしゃ)の生徒(せいと)や、肌(はだ)を見せられないイスラム教の生徒に配慮(はいりょ)したデザインも考案(こうあん)。学生服は社会を映(うつ)す鏡(かがみ)ともいえそうです。

明治時代(めいじじだい)に学習院(がくしゅういん)が採用(さいよう)した学生服(がくせいふく)=学習院アーカイブズ提供(ていきょう)

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