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国が指定、歴史的価値守る 史跡

国の史跡(しせき)に指定(してい)されることになった犬山城跡(いぬやまじょうあと)=愛知県(あいちけん)犬山市で

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 愛知県犬山(あいちけんいぬやま)市の犬山城跡(じょうあと)などが、国の史跡(しせき)に新たに指定(してい)される見通しです。昔(むかし)の人が暮(く)らすなどした跡「遺跡(いせき)」の中でも、国が特(とく)に保護(ほご)すべきだと認(みと)めたのです。指定後は、建物(たてもの)の建設(けんせつ)などが制限(せいげん)される一方、修復(しゅうふく)などに国の補助(ほじょ)が受(う)けられます。 (佐橋大(さはしひろし))

 木曽川(きそがわ)のほとりにたたずむ犬山城(いぬやまじょう)。天守(てんしゅ)は、貴重(きちょう)な建物(たてもの)として国宝(こくほう)に指定(してい)されています。昨年(さくねん)は約(やく)55万人が訪(おとず)れました。

 史跡(しせき)に指定されるのは、天守を含(ふく)む小高い城跡一帯(しろあといったい)、約4万6000平方(へいほう)メートルの区域(くいき)です。城全体(ぜんたい)の歴史的(れきしてき)な価値(かち)を確(たし)かめる調査(ちょうさ)の報告書(ほうこくしょ)が3月にまとまり、市は、それを根拠(こんきょ)に国に指定を求(もと)めていました。

 国は、日本の歴史、文化(ぶんか)の理解(りかい)に欠(か)かせず、守(まも)り伝(つた)えるべきものを「文化財(ぶんかざい)」に指定しています。史跡は文化財の一種(いっしゅ)。城跡や、大昔(おおむかし)の集落(しゅうらく)の跡、古墳(こふん)、寺の跡、昔の学校などの遺跡(いせき)のうち、特(とく)に大切なものが国指定の史跡になります。その数は全国で1795件(けん)。全国の市町村(1741)の数とほぼ同じです。だいたい、太平洋戦争(たいへいようせんそう)までが対象(たいしょう)で、広島(ひろしま)市の原爆(げんばく)ドームも史跡に指定されています。

 史跡以外(いがい)にも、文化財があります。建物や美術品(びじゅつひん)は「重要(じゅうよう)文化財」や「国宝」、美(うつく)しい自然(しぜん)の景色(けしき)や庭園(ていえん)は「名勝(めいしょう)」、貴重な動植物(どうしょくぶつ)などは「天然記念物(てんねんきねんぶつ)」に指定されます。史跡の中に立つ建物や史跡で発掘(はっくつ)された遺物(いぶつ)が「重要文化財」であることは珍(めずら)しくありません。

 史跡に指定されると、保存(ほぞん)、修復(しゅうふく)のほか、史跡の理解を助(たす)ける展示施設(てんじしせつ)の建設(けんせつ)や、かつてあった建物や構造物(こうぞうぶつ)の復元(ふくげん)にも国の補助(ほじょ)が出ます。復元は、既存(きそん)の遺跡を壊(こわ)さずにでき、根拠となる資料(しりょう)もあり、史跡の理解が進(すす)む場合に認(みと)められます。

 愛知県小牧(あいちけんこまき)市は昨年度(ど)、市内の史跡、小牧山で、昔あった小牧山城の土塁(どるい)と堀(ほり)を復元しました。土塁などは、1965年に前の市役所(しやくしょ)を建(た)てる際(さい)に壊されました。その前の測量図(そくりょうず)を根拠に、市は国の許可(きょか)を得(え)て復元しました。発掘調査の結果(けっか)や絵図面(えずめん)を根拠にする場合もあります。整備費用(せいびひよう)約1億(おく)9000万円のうち国が半分を出しました。

 史跡の活用、整備にかかる国全体の本年度予算(よさん)は65億円余(あま)り。「史跡は国民共有(こくみんきょうゆう)の財産(ざいさん)。だから、国もお金を出します」と文化庁(ぶんかちょう)の担当者(たんとうしゃ)は説明(せつめい)します。

 史跡(しせき)に指定(してい)されると、文化庁(ぶんかちょう)から建物(たてもの)の建設(けんせつ)などでさまざまな制約(せいやく)を受(う)けます。

 三重県明和(みえけんめいわ)町にある史跡斎宮跡(さいくうあと)。1300年ほど前から約(やく)600年間、天皇(てんのう)に代(か)わって伊勢神宮(いせじんぐう)に仕(つか)えた皇族(こうぞく)の女性(じょせい)が暮(く)らした屋敷(やしき)などの跡です。1970年に発掘(はっくつ)が始(はじ)まり、今も調査(ちょうさ)が続(つづ)いています。

 東西2キロ、南北700メートルという広い史跡の中には、調査で出てきた物(もの)などを展示(てんじ)する施設(しせつ)「斎宮歴史博物館(れきしはくぶつかん)」があります。博物館を造(つく)る時は、下に埋(う)まっている遺跡(いせき)を壊(こわ)さないよう厚(あつ)く盛(も)り土をし、基礎(きそ)の部分(ぶぶん)も特殊(とくしゅ)な工法(こうほう)が用いられました。

 トイレなどの一般的(いっぱんてき)な施設も自由(じゆう)には造れません。例(たと)えば城跡(しろあと)では、もともとあった建物に似(に)た城風の外観(がいかん)のトイレでは国の許可(きょか)が下りません。「誤解(ごかい)を招(まね)くものはいけない」と担当者(たんとうしゃ)は説明(せつめい)します。地下の配管(はいかん)などが遺跡を損(そこ)なわないことも条件(じょうけん)です。

 史跡には、今の基準(きじゅん)では認(みと)められない建物が立っていることもあります。これは、規制(きせい)が今ほど厳(きび)しくなかった時代(じだい)の名残(なごり)。史跡を歩くと、時代とともに、文化財保護(ぶんかざいほご)の考え方が変(か)わってきたことも読み取(と)れます。

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