トップ > 特集・連載 > 知るコレ! > 記事一覧 > 記事

ここから本文

知るコレ!

昭和のハイテク開花 東京五輪 支えた技術

自動(じどう)ドアのモデルを指(さ)し、内部(ないぶ)の仕組(しく)みを説明(せつめい)する東(あずま)さん=愛知県大口(あいちけんおおぐち)町のトーシンテックで

写真

 街(まち)で見かけるタクシーやバイクの「アレ」。意外(いがい)にも1964年の東京五輪(とうきょうごりん)と、とても関係(かんけい)が深(ふか)いそうです。3年後の明日24日は、東京五輪の開会式(かいかいしき)。前大会を支(ささ)えた身近(みぢか)な昭和(しょうわ)のハイテク技術(ぎじゅつ)を調(しら)べました。

 (美細津仁志(みさいづひとし))

◆タクシーの自動ドア普及

 名古屋(なごや)市から北に車で約(やく)三十分の愛知県大口(あいちけんおおぐち)町。田んぼの中に現(あらわ)れた工場の看板(かんばん)には「トーシンテック」の文字が。はて、どこかで見たような…。

 「全国(ぜんこく)のタクシーの約九割(わり)がうちの自動(じどう)ドアを使(つか)っているんですよ」と出迎(でむか)えてくれた常務(じょうむ)の東孝一(あずまこういち)さん(63)。トーシンテックは、国内最大手(さいおおて)のタクシーの自動ドアの製造(せいぞう)会社。製品(せいひん)にはステッカーが貼(は)ってあります。

 空気圧(くうきあつ)でドアを開閉(かいへい)する「バキューム式(しき)」のドアが、東京五輪(とうきょうごりん)で活躍(かつやく)しました。

 どのような仕組(しく)みでしょうか。「左後ろのドアに開閉装置(そうち)が内蔵(ないぞう)されています」と東さん。車のエンジンとドアを開閉する部品(ぶひん)「シリンダー」が細い管(くだ)で結(むす)ばれ、運転席(うんてんせき)にあるスイッチでエンジンからの空気圧を供給(きょうきゅう)。スイッチを引けばドアが開(ひら)き、押(お)せばドアが閉(し)まる構造(こうぞう)です。

 タクシーの自動ドアは東京五輪で広まりました。それまで手で開(あ)け閉めしていたのです。トーシンテックは五輪を五年後に控(ひか)えた一九五九年、東京で設立(せつりつ)し、同年に名古屋市に移転(いてん)。自動ドアの生産(せいさん)を始(はじ)めましたが、思うように売れません。そこで六二年春、最(もっと)もタクシーが多い東京で営業(えいぎょう)を始めました。

 当時、タクシー業界(ぎょうかい)はある問題(もんだい)を抱(かか)えていました。運転手は客(きゃく)が乗(の)り降(お)りするたびに後部に回ってドアを開閉するのが重労働(じゅうろうどう)。乗客(じょうきゃく)が勝手(かって)に降りて事故(じこ)に遭(あ)ったり、開けたドアが電信柱(でんしんばしら)や歩行者(ほこうしゃ)に当たったりするケースもありました。

 「疲労軽減(ひろうけいげん)と事故防止(ぼうし)は解決(かいけつ)できる」とトーシンテックは最大手のタクシー会社に自動ドアの有効性(ゆうこうせい)を訴(うった)え、採用(さいよう)されました。すると都内(とない)のライバル三社でも導入(どうにゅう)が進(すす)みました。

 迎(むか)えた六四年の東京五輪。言語の通じない、自分でドアを開ける習慣(しゅうかん)を持(も)つ外国人旅行(りょこう)客が急増(きゅうぞう)しますが、自動ドアで安全(あんぜん)運行と乗降(じょうこう)ができるようになりました。このため、自動ドアは日本中に普及(ふきゅう)しました。

 トヨタはことしの秋、新型(しんがた)の「JPN(ジャパン)タクシー」を発売(はつばい)する予定(よてい)です。車高は一・七メートル。スロープが付(つ)き、車いすのまま乗れるなど福祉面(ふくしめん)でも注目(ちゅうもく)されています。二〇二〇年の東京五輪とパラリンピックでも、高齢(こうれい)社会にふさわしく、タクシーの形が一変(いっぺん)しそうです。

◆「出前機」改良し聖火運ぶ

 おそば屋(や)さんの業務用(ぎょうむよう)バイクに搭載(とうさい)された「出前機(でまえき)」の技術(ぎじゅつ)も活躍(かつやく)しました。聖火(せいか)を運(はこ)ぶために使(つか)われたのです。現在(げんざい)、休館中(きゅうかんちゅう)の秩父宮記念(ちちぶのみやきねん)スポーツ博物館(はくぶつかん)(東京都足立区(とうきょうとあだちく))で保管(ほかん)されています。

 上部(じょうぶ)三カ所(しょ)のばねで振動(しんどう)を和(やわ)らげ、荷物(にもつ)を水平状態(すいへいじょうたい)に保(たも)ちます。これを改良(かいりょう)し、ギリシャ・アテネからの聖火リレーで、移動(いどう)の飛行機(ひこうき)や車内での火の保管、消(き)えた場合の予備(よび)の火の携帯(けいたい)のために使われました。

 出前機メーカーは三社ありましたが、今春からマルシン(同府中(ふちゅう)市)だけに。マルシンは一九七二年、札幌五輪(さっぽろごりん)の聖火の運搬(うんぱん)機を作りましたが、森谷庸一(もりやよういち)社長(52)は「さすがに今回、打診(だしん)はありません」と笑(わら)います。「外食文化(ぶんか)が発展(はってん)し、出前そのものを知らない子も多いでしょう。二つの東京五輪を、食生活から見てもおもしろいかもしれません」

写真
 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索