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知るコレ!

歴史がギュッ 発見の場 城

発掘(はっくつ)で信長(のぶなが)の時代(じだい)に築(きず)かれたと確認(かくにん)された石垣(いしがき)=愛知県小牧(あいちけんこまき)市で

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 日本には、各地(かくち)に多くの城跡(しろあと)があります。その中でも、特(とく)に、人々によく知られ、文化財(ぶんかざい)としても価値(かち)が高い城100カ所(しょ)を、公益財団法人(こうえきざいだんほうじん)日本城郭協会(じょうかくきょうかい)が2006年に「日本100名城」に認定(にんてい)。さらに今年4月、100名城に漏(も)れた城から、100の城を「続(ぞく)日本100名城」に選(えら)びました。城の魅力(みりょく)は何でしょうか。選ばれた城から探(さぐ)りました。 (佐橋大(さはしひろし))

 濃尾平野(のうびへいや)に浮(う)かぶ小島(こじま)のように見える小牧山(こまきやま)(愛知県(あいちけん)小牧市)。そこに築(きず)かれた小牧山城(じょう)は「続(ぞく)100名城」の一つ。美濃(みの)国(今の岐阜(ぎふ)県の南半分)の攻略(こうりゃく)を目指(めざ)していた武将織田信長(ぶしょうおだのぶなが)が1563年に造(つく)りました。今ある城(しろ)風の建物(たてもの)は1968年に建(た)てられています。

 信長がこの城にいたのは岐阜城に移(うつ)るまでの4年間。そのため、長らく小牧山城は、一時的(いちじてき)なとりでと考えられてきました。ところが、地面(じめん)を掘(ほ)って調(しら)べると、そうでないことがこの10年ほどで分かってきました。

 城の中心部(ちゅうしんぶ)は、石垣(いしがき)が取(と)り囲(かこ)んでいました。当時は、土を盛(も)り上げる土塁(るい)で城を造るのが当たり前で、石垣を城に使(つか)うのは、まだ、珍(めずら)しかったのです。

 目立つ場所(ばしょ)に積(つ)まれた石垣、計画的に造られた麓(ふもと)の城下町(じょうかまち)から城の中心部に真(ま)っすぐに延(の)びる「大手道(おおてみち)」など、小牧山城は、後に信長が築いた安土(あづち)城との共通(きょうつう)点も、いくつかあり、それも発掘(はっくつ)で明らかになりました。「立派(りっぱ)な石垣は、見た人を圧倒(あっとう)したでしょう。信長は、安土の前に、この小牧山で、その後発展(はってん)していく『見せる城』の原型(げんけい)を造った」と小牧市教育委員(きょういくいいん)会小牧山課(か)の小野友記子主査(おのゆきこしゅさ)は説明(せつめい)します。「信長は、尾張(おわり)だけを治(おさ)めていたころから確固(かっこ)たるビジョンを持(も)っていたことがうかがえます」

 城は、その土地の権力者(けんりょくしゃ)が敵(てき)から身(み)を守(まも)る施設(しせつ)であり、建設(けんせつ)には、当時の最先端(さいせんたん)の技術(ぎじゅつ)を結集(けっしゅう)しています。そのため、城跡(しろあと)を詳(くわ)しく調べれば、造った人の人柄(ひとがら)や暮(く)らしぶり、土木(どぼく)技術の進歩(しんぽ)など、さまざまなことを読み取れるのです。

 歴史(れきし)を知る手掛(てが)かりになる城跡(しろあと)。石垣(いしがき)などの遺構(いこう)や景色(けしき)の美(うつく)しさも、魅力(みりょく)といいます。山の上にある「山城(やまじろ)」が最近(さいきん)、人気を集(あつ)め、続(ぞく)100名城(めいじょう)に選(えら)ばれた岐阜県中津川(ぎふけんなかつがわ)市にある苗木(なえぎ)城跡にも、3、4年前から来場者(らいじょうしゃ)が急増(きゅうぞう)しています。市苗木遠山史料館(とおやましりょうかん)の所繁久(ところしげひさ)館長(62)は「天守(てんしゅ)の跡から見る景色の美しさや、天然(てんねん)の巨石(きょせき)を組み込(こ)んだ石垣の調和(ちょうわ)の取(と)れた姿(すがた)に感嘆(かんたん)する人が多いです」と話します。

 戦(たたか)いが続(つづ)いていたころの城は、外敵(がいてき)から守(まも)りやすいように、小高い山の上や川の畔(ほとり)に造(つく)ることが多く、そこからの眺(なが)めは良(よ)くなります。戦国時代(せんごくじだい)に造られた苗木城も、そんな場所(ばしょ)にあります。脇(わき)を流(なが)れる木曽川(きそがわ)から山頂(さんちょう)の天守跡までの標高(ひょうこう)差(さ)は170メートル。長い時間をかけて整備(せいび)したとみられる石垣を見ると、年代による積(つ)み方の違(ちが)いがはっきりと分かります。外敵の侵入(しんにゅう)を遮断(しゃだん)する門や櫓(やぐら)の巧(たく)みな配置(はいち)も、残(のこ)された石垣から知ることができます。

 「城跡に行くときは攻(せ)める側(がわ)、帰るときは守る側の気持(きも)ちになって見ると、いいですよ」と小野(おの)さん。城跡を訪(おとず)れ、昔(むかし)の人に思いをはせる。それが一番の魅力かもしれませんね。

巨石(きょせき)と石垣(いしがき)を巧(たく)みに組み合わせた苗木城跡(なえぎじょうあと)=岐阜県中津川(ぎふけんなかつがわ)市で

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