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知るコレ!

生命の謎を解く酵母

生命(せいめい)の謎(なぞ)を解(と)き明かそうと酵母(こうぼ)を研究(けんきゅう)する鎌田芳彰(かまだよしあき)さん=愛知県岡崎(あいちけんおかざき)市の基礎生物学研究所(きそせいぶつがくけんきゅうじょ)で

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 細胞(さいぼう)のリサイクルの仕組(しく)み「オートファジー」を解(と)き明かして今年のノーベル医学生理学賞(いがくせいりがくしょう)に決(き)まった東京工業(とうきょうこうぎょう)大の大隅良典(おおすみよしのり)・栄誉教授(えいよきょうじゅ)=写真(しゃしん)。私(わたし)たちの暮(く)らしに身近(みぢか)な微生物(びせいぶつ)「酵母(こうぼ)」を研究(けんきゅう)し続(つづ)けたことが、ヒトの病気(びょうき)の解明(かいめい)にも関(かか)わる大発見(だいはっけん)になりました。でも酵母といえば、お酒(さけ)やパンづくりで使(つか)われるもの。ヒトの体を知ることにつながるのはどうして?(川合道子(かわいみちこ))

〔1〕大昔から

 酵母(こうぼ)は、パンやビールづくりに欠(か)かせない微生物(びせいぶつ)の仲間(なかま)です。糖(とう)を“食べ”て発酵(はっこう)し、お酒(さけ)のもとになるアルコールや、パンを膨(ふく)らませるための炭酸(たんさん)ガスを作り出します。

 顕微鏡(けんびきょう)で観察(かんさつ)すると、卵(たまご)形をしていて、小さな芽(め)を出すように増(ふ)えることから「出芽(しゅつが)酵母」と呼(よ)ばれています。百分の一ミリより小さく、目に見えません。でも昔(むかし)の人は何千年も前にこの働(はたら)きに気づき、おいしいものを作るために酵母の力を借(か)りてきました。

 土や水の中、果物(くだもの)や花の表面(ひょうめん)などにすんでいて、中には深(ふか)い味(あじ)わいや香(かお)りを生む酵母もいます。そのため、今も新しい酵母を探(さが)したり育(そだ)てたりする研究(けんきゅう)が盛(さか)んに行われています。

 でも、私(わたし)たちの食生活を豊(ゆた)かにしてくれるだけではありません。「酵母は、生命(せいめい)の謎(なぞ)を解(と)き明かす研究にとっても大切な生き物(もの)なんです」と語るのは、かつて大隅(おおすみ)さんが過(す)ごした基礎生物学研究所(きそせいぶつがくけんきゅうじょ)(愛知県岡崎(あいちけんおかざき)市)助教(じょきょう)の鎌田芳彰(かまだよしあき)さん(52)。大隅さんの研究を支(ささ)えた研究者(しゃ)の一人です。

〔2〕私たちと 細胞のつくり似ている

 酵母(こうぼ)はヒトの体で起(お)きていることを調(しら)べるのに役立(やくだ)つ生き物(もの)です。見た目は全(まった)く違(ちが)う生き物なのに、なぜでしょうか。

 生き物の体は、すべて細胞(さいぼう)からできています。ヒトは数十兆個(ちょうこ)の細胞からなり、酵母は一つの細胞だけで生きています。

 細胞の中を比(くら)べると、細胞の司令塔(しれいとう)である核(かく)や、発電所(はつでんしょ)のようにエネルギーを生み出すミトコンドリア、ごみのリサイクルセンターのような働(はたら)きをする液胞(えきほう)(リソソーム)などが両方(りょうほう)にあるのに気づきます。核を持(も)つ生き物は「真核生物(しんかくせいぶつ)」といい、細胞のつくりや仕組(しく)みが似(に)ているのです。

 細胞の働きをコントロールするのが核の中にある遺伝子(いでんし)です。遺伝子は「生命(せいめい)の設計図(せっけいず)」で、生き物が生きるために働くタンパク質(しつ)の情報(じょうほう)が書き込(こ)まれています。酵母に約(やく)六千個、ヒトには約二万個あり、多くが共通(きょうつう)しています。

 遺伝子の働きを調べるのにも、酵母は役立ちます。例(たと)えば、オートファジーに関(かか)わる遺伝子を突(つ)きとめるには、その働きが見られない酵母を顕微鏡(けんびきょう)で見つけて調べます。

 酵母には遺伝子が一セットしかないため、遺伝子に異常(いじょう)があるとすぐに症状(しょうじょう)が現(あらわ)れます。でもヒトやマウスなどには同じ遺伝子が二セットあります。異常があっても片方(かたほう)の正常(せいじょう)な遺伝子が補(おぎな)うため、見た目に現れにくいのです。「細胞のつくりや仕組みが似ているのであれば、よりシンプルな生き物を調べるのが謎(なぞ)を解(と)く近道」と鎌田(かまだ)さん。

 酵母は良(よ)い条件(じょうけん)で育(そだ)てると、一時間半で二倍(ばい)に増(ふ)えます。ヒトの細胞は早くても半日以上(いじょう)かかるため、酵母を使(つか)うと研究(けんきゅう)が速(はや)く進(すす)みます。

〔3〕続く研究

 大人の体の中では、一日におよそ二百グラムのタンパク質(しつ)が作られています。でも、食べた物(もの)から作られるのは七十グラムほど。足りない分は、どこから来ているのでしょう。

 この問(と)いを解(と)くカギとなったのが、大隅(おおすみ)さんが酵母(こうぼ)を使(つか)って解き明かした細胞(さいぼう)の仕組(しく)み「オートファジー」です。栄養(えいよう)が足りなくなると、細胞は自分の中にあるタンパク質を“食べる”ことで、必要(ひつよう)な栄養を調達(ちょうたつ)していたのです。

 酵母で解明(かいめい)した仕組みは、動物(どうぶつ)や植物(しょくぶつ)にも共通(きょうつう)していることが分かり、研究(けんきゅう)は世界中(せかいじゅう)に広がりました。最近(さいきん)は、ヒトの病気(びょうき)との関連(かんれん)も明らかになっています。オートファジーには、不要(ふよう)になったものを片付(かたづ)ける役割(やくわり)もあります。正常(せいじょう)に働(はたら)かないと細胞内が“ごみ”だらけになり、健康(けんこう)を保(たも)つのが難(むずか)しくなるのです。

 東京工業(とうきょうこうぎょう)大の大隅研究室(神奈川県横浜(かながわけんよこはま)市)では、今も酵母を使った研究が続(つづ)いています。「実(じつ)は全体(ぜんたい)の三割(わり)くらいしか謎(なぞ)が解けていません」と話すのは助教(じょきょう)の堀江朋子(ほりえともこ)さん(39)です。例(たと)えばオートファジーに関(かか)わる遺伝子(いでんし)は四十個(こ)近くありますが、それぞれが、いつ、どのように働くかは、よく分かっていないのです。

 答えを知るには、酵母の中で起(お)きていることを観察(かんさつ)し、調(しら)べるしかありません。「教科書に載(の)っていないことが分かったときのうれしさが何よりのやりがい」と堀江さんは言います。

 見た目は違(ちが)う生き物ですが「酵母は人類(じんるい)の友達(ともだち)」。小さな細胞に秘(ひ)められた生命(せいめい)の謎を、みんなも将来(しょうらい)解き明かしてみませんか。

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