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試練のとき

イオン名誉会長相談役 岡田卓也さん(91)−6−

◆公害が環境活動の原点

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 庭の南天の木が実をつけなくなり、杉の葉もいつしか枯れた。

 一九六三(昭和三十八)年。四日市商工会議所の副会頭だった三十八歳の岡田卓也は、自宅の異変に気付く。

 「工場の亜硫酸ガスのせいか」。この数年前に稼働した四日市コンビナートの工場から出る有害な煙で、周辺住民の間でぜんそく患者が続出し、公害が社会問題になっていた。自宅はコンビナートのある沿岸部からは離れていたのに、影響が出ていた。母方の祖父が高名な農林技師で、幼い頃から草木や花に親しんでいた岡田は衝撃を受けた。

 「木が傷んでいく姿には、本当に心を痛めました」。四日市南高校の校歌も作詞した詩人谷川俊太郎との対談集「いのちの木を植える」(マガジンハウス)で、岡田はその時の心情に触れている。「四日市公害が、環境活動の原点だ」。岡田は、創業の地で体験した環境汚染を心に刻む。

 六五年、岡田屋の県外一号店として愛知県岡崎市に出店した記念に、七百本の桜の苗木を市内を流れる乙川の堤に植えた。それをきっかけに、九〇年、現在のイオン環境財団を設立。台風で被害を受けた大台町宮川地区など、国内外で本格的な植樹を始めた。

台風被害に遭った大台町宮川地区の森を再生しようと、イオン環境財団と旧宮川村が企画した植樹活動=2005年10月、大台町宮川地区で

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 中国では土地が荒廃した万里の長城の周囲に十三年かけて計百万本を植え、アフリカ東部のケニアではノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイ(故人)と植樹するなど、イオンはこれまで千百万超の木を植えてきた。

 十年ほど前から宮川地区で植樹や林業に就く人の育成でイオンと交流のある大台町のNPO「みやがわ森選組」代表の岡本雄大(51)は「イオンの植樹活動などで地域の環境意識が変わった」と実感している。

 イオングループ各社が税引き前利益の1%を社会貢献事業に寄付する「イオンワンパーセントクラブ」も創設し、カンボジアでの学校建設などにも役立てている。

 「小売業は平和でなければ成立しない。そのために貢献できることをする」

 太平洋戦争で学徒動員を経験し、米軍の空襲で焦土になった四日市で、イオンの前身となる岡田屋を再興した岡田。植樹した木を慈しみながら育てるように、九十一歳の今は、次の世代が育つ環境を守ることがライフワークだ。(敬称略)

(池内琢)=おわり

 

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