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試練のとき

イオン名誉会長相談役 岡田卓也さん(91)−5−

◆社会貢献 故郷へ恩返し

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 「風樹(ふうじゅ)会」

 昨年十月、公益財団法人「岡田文化財団」(菰野町)が公表した奨学金の名前には、特別な思いが込められていた。

 保護者が亡くなるなど、学費の工面が難しくなった県内の高校の卒業者を対象に、新年度から大学で学ぶ四年間、月額五万円を支給する。「生活格差が教育の格差につながってはいけない」。記者会見でそう訴えた財団理事長の岡田卓也。風樹とは、親を亡くした子どもの嘆きを表した中国の故事にちなむ。

 この風樹会は、イオンが岡田屋呉服店だった一九五八(昭和三十三)年に設立した同名の奨学制度を復活させたもの。当時、交通事故で父親を亡くす家庭も多く、苦境にある高校生の授業料を支援した。

 二歳の時に父親を、十歳で母親を相次いで亡くした岡田にとって、ひとごとではなかった。「会社がまだ小さかったから、五人、十人…と少しずつ広げた」。支援は、ジャスコが生まれる昭和四十年代まで続いた。

 戦後、岡田は本業のほか、社会貢献活動に一貫して力を注いできた。

岡田文化財団が寄贈したシャガールの「枝」=津市大谷町の県立美術館で

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 県内の文化や芸術活動を支援する「岡田文化財団」は、その一つ。岡田が個人で所有するジャスコの株式三百万株と、現金千八百万円を原資に七九年に設立された。八二年に開館する県立美術館(津市)を支援するため、美術品を寄贈しようと考えたのだ。

 ロシアの画家シャガール、フランスの印象派ルノワール、江戸期の鬼才絵師、曽我蕭白(しょうはく)…。財団が同館に寄贈した作品は四百点を超す。中でも岡田が懐かしく思い出すのは、松阪市生まれの日本画家宇田荻邨(てきそん)(一八九六〜一九八〇年)の作品だ。宇田の絵を譲ってくれた米国の退役軍人は、夫妻で来日して美術館の開館式に出席してくれた。

 「美術館の顔とも言える絵画が、これほど継続して寄付されるのは全国でも稀有(けう)なこと」。学芸員として当時、開館準備に奔走した前・県立美術館長の毛利伊知郎(61)=津市南が丘=は振り返る。愛知県の豊橋市美術博物館長を務める現在も、感謝の念は消えない。

宇田荻邨の「祇園の雨」=津市大谷町の県立美術館で

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 本業の利益には直接結び付かない社会貢献を、なぜ続けてこられたのか。「私たちは三重県で育った企業ですから。その恩返しです」。岡田の答えは明快だ。(敬称略)

(池内琢)

 

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