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試練のとき

長島観光開発 水野正信社長(66)

◆お客さまの胸に「満足」を

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 天然ガスを採掘しようと掘り進めた井戸から突如、熱湯が噴き上げた。

 一九六三(昭和三十八)年夏。長島観光開発の創業者の一人、大谷伊佐(故人)が、数億円もの私財を投じた採掘事業は、長島町(現・桑名市)に、温泉という福音をもたらした。

 伊勢湾に注ぐ木曽三川の河口にある町は、輪中に囲まれた低地。五九年の伊勢湾台風では三百八十三人の住民が犠牲となり、町の振興は悲願だった。温泉が湧いたことで、長島町の開発計画は一気に進んだ。名古屋に近く、家族連れで楽しむレジャー用地としての魅力に中部経済連合会(中経連)も注目し、計画に加わっていた。

 会社設立時には、中部財界をはじめ、国内の大手企業の首脳や、県知事らが役員に名を連ねた。六四年十一月、円形大浴場や大ホールを備えた「グランスパー長島温泉」が開業すると、休日には一万三千人を超す客が押し寄せた。

 「ベンチャー企業に入るような気持ちだった」。開業から九年後の七三年に入社した水野正信は、当時の心境を振り返る。高度経済成長で豊かになり、家族でレジャーを楽しむ人が増えたこのころ。法政大経営学部で学んだ水野は、工業よりも勃興してきた観光産業に可能性を感じた。

 その後、温泉に加え、遊園地やプールなどを備えた複合レジャー施設に成長した同社。次に目指したのは、「都市近郊の大衆的なリゾート」だった。「長島を名古屋の奥座敷に」を合言葉に、誰もが親しめる高級旅館を造るプロジェクトが八〇年代に立ち上がった。

 当時、総務課長だった水野は施設面の調達が担当。「自分の目で見て決める」。入社以来たたき込まれた現場主義を実践し、和倉温泉(石川県)や花巻温泉(岩手県)、熱海(静岡県)など有名温泉街を訪れては、研究を重ねた。

 「誰もが楽しめる」のコンセプトには高級旅館とはいえ、カラオケの導入が不可欠。花巻温泉の旅館で採用されていた、複数の旅館同士を通信回線でつなぐ自動式のカラオケを見た水野は「このシステムを採用したい」と即決する。個別の機械にレーザーディスクを入れて使う従来の方法は煩雑で、客の期待に応えられないと考えたからだ。

 高級旅館「ホテル花水木」は、八八年に開業。今では、関西圏や東海地方を中心に身近なリゾート地としてファンを持つ。一四年に社長に就いた水野には信念がある。「訪れた方の胸に『満足』を残したい。そのためにも、長島の地域とともに発展しなければ」

 その後、同社は桑名市に花のテーマパーク「なばなの里」やアウトレットモールを開業。老若男女が満喫できる大衆リゾートは独自の進化を続ける。=敬称略

(池内琢)

 長島観光開発 1963年の設立で、本社は桑名市長島町浦安。翌64年に営業を始めた「グランスパー長島温泉」を手始めに、遊園地「ナガシマスパーランド」やアウトレットモール「ジャズドリーム長島」などを持つ複合リゾート施設。2015年度の来場者は1515万人。従業員は2000人。

 

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