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長寿しなの 彩食記

<第8部 これも食べるよ> (2)蚕

煮込んだ蚕のさなぎを前に「うまいだろ」と語る塚原さん=伊那市で

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 砂糖やしょうゆで煮て、濃い茶色に染まった蚕のさなぎ。生きた姿を想像して、恐る恐る目を閉じて食べると、サクッとした食感の後に甘みが広がった。小魚の煮物を食べているような感覚だ。

 「独特な臭みがあってうまいだろ。栄養価も高いんだぞ」。伊那市の昆虫食販売店「塚原信州珍味」二代目店主、塚原保治さん(74)がにこやかに語った。

 同店は八十年ほど前、塚原さんの父が川魚の行商をしたのが始まり。地元の人が日常的に食べていたことから、イナゴやざざ虫も煮物や生きたままで販売した。

 蚕のさなぎは約六十年前に扱い始めた。主に魚や家畜のえさ、畑の肥料のほか、工業用油に使われていた。「養殖のコイやニジマスに脂が乗る」と評判だったことから、タンパク質が多く含まれる栄養面に着目して食用で売り始めたという。

 二〇一三年に国連食糧農業機関(FAO)が栄養価の高い昆虫食を推奨する報告書を出すと、同店にも追い風が吹きだした。昆虫関連の売上高が報告書前と比べ一・四倍増え、新規の注文も相次ぐ。

 「需要は強いが、供給が追いついていない」と塚原さん。昆虫は天候にも左右され、捕れる量が限られる。蚕のさなぎも製糸工場や蚕を飼う農家が減り、調達が難しいという。

 岡谷蚕糸博物館などによると、県内は養蚕に適した乾燥気候で、蚕のえさとなる桑もよく育ち、明治半ば以降、養蚕、蚕種、製糸で日本一の産出量を誇る「蚕糸王国」だった。

 昭和初期の世界恐慌で県内の製糸業も大打撃を受け、精密機械工業やリンゴなどの果樹栽培に転換。県内の養蚕農家も恐慌直後の一九三二年度は十五万戸余りあったが、二〇一六年度は十八戸だ。

焙煎した蚕のふん(右)とふん茶=伊那市で

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 蚕のさなぎの確保が厳しい中、塚原さんが着目するのが「ふん茶」。焙煎(ばいせん)した蚕のふんをお湯に溶かして飲む。六年前、蚕のさなぎを調達できないかと訪れたラオスで飲む人がいると聞き、試しに飲んで味にほれ込んだ。「めちゃくちゃうまいんだよ」

 見た目は一般的なお茶と大差ない。飲んでみると、香ばしくてほうじ茶のような味わい。茶の底にふんのかすが残っているが、飲み込んでも無味で気にならない。

 塚原さんは、焙煎方法を工夫したり、繭をティーバッグ代わりにしてふんを入れたりと商品化に向け夢を膨らませる。ふんも量の確保が難しいが、養蚕農家らに協力を求め、来年にも販売する計画だ。「昆虫食は可能性を持った分野。身近な食として楽しめるものを開発していきたい」と意気込む。

 (松本貴明)

 

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