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長寿しなの 彩食記

<第7部 癒やす自然の恵み> (4)養命酒

養命酒記念館に並ぶ多種多様の生薬=駒ケ根市の養命酒製造駒ケ根工場で

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 一口目の印象は「おとなしい味」。日ごろ親しんでいるカレーに比べ、香りは控えめで辛さも感じづらい。二口、三口…。次第に体の奥から全身がポカポカと温まってきた。

 九月半ば、駒ケ根市赤穂の養命酒製造駒ケ根工場で開かれたカレー粉作りの体験講座。ターメリックやシナモン、チリペッパーなど十二種の香辛料を配合し、小麦粉と野菜を使って作ったカレーライスが振る舞われた。

 「牛脂など動物性エキスが含まれた市販のルーに慣れた方々は、ある種の物足りなさを感じるかもしれません」。講師を務めた同社の薬剤師新沢伸一さんが話す。「インドの伝承医学『アーユルヴェーダ』で重用されるのが香辛料をはじめとする自然の薬草。病を未然に防ぐ目的で香辛料を多用した食生活が普及した。カレーは身近な薬膳料理の代表例です」

カレー粉作りの体験講座で生薬の魅力を紹介する新沢部長(正面中央)=駒ケ根市の養命酒製造駒ケ根工場で

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 アロマキャンドル作りや生薬の収穫、季節の薬膳…。ほぼ毎週、生薬をテーマにした各種講座が開かれる「健康の森」。「生薬が暮らしや健康と密接に結び付いた身近な存在であることを実感してほしいから」と新沢さん。生薬の効能を広く伝えようとする原点は主力商品「薬用養命酒」誕生にさかのぼる。

 養命酒は慶長七(一六〇二)年、中川村(当時の大草村)の旧家、塩沢家で生まれたとされる。新沢さんは「史料が火災で焼失しているため、あくまで伝承です」と断った上で「塩沢家当主の宗閑(そうかん)が大雪の中で倒れていた旅の老人を手厚く介抱した礼として、薬酒の製造法を伝授されたことが始まり」と歴史を紹介。「宗閑は伊那谷の山中に自生する多種多様の薬草を原料とする酒造りに励み、人々に恵んだと伝えられている」と説明する。

 医学が未発達だった時代。「養命」と名付けられた薬酒は「農作業などに汗を流す庶民の体の痛みやだるさ、しびれなどの症状を和らげたり、未然に防いだりする手だてとして、伊那谷から全国へ徐々に広がったのではないでしょうか」と新沢さんは推測する。

創業家の敷地内に建つ「養命酒発祥の地」の記念碑=中川村で(養命酒製造提供)

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 大正期に法人化し、戦前から輸出を手掛け、アジアを軸に海外展開。現在は資本・業務提携する大正製薬ホールディングスが筆頭株主だ。生薬に関する長年の研究成果を生かしたハーブ酒をはじめ、酢をベースにした美容・健康関連商品などの開発を推進。諏訪湖畔に開設した商業施設「くらすわ」で県内の食文化を発信している。

 「多彩な生薬と豊かな水。伊那谷の恵みが養命酒を生み、育んだ」と新沢さん。駒ケ根市内では原点回帰ともいえる生薬原料の国産化に向け、ジオウなどの試験栽培に協力している。創業の地に根差して健康を追求する試みが続く。

 (長谷部正)

 <薬用養命酒> ウコン、ケイヒ、ジオウ、トチュウ、チョウジなど14種類の生薬を同時に原酒に漬け、薬効成分を溶け込ませた第2類医薬品。アルコールとの相乗作用で血行を良くし、体を温めるなど、体の基本的な働きや体質を整えながら本来の健康に導くとされ、滋養強壮の効果が認められている。

 

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