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長寿しなの 彩食記

<第1部 海なし県の魚たち> (3)上伊那・小ブナ

◆ほろ苦い秋の楽しみ

あめ色に輝く小ブナの甘露煮=伊那市の塚原信州珍味で

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 秋祭りのころ、上伊那地域のスーパーに、小ブナの水槽が並ぶ。地元客は生きたままを買い、家庭で甘露煮にする。ほのかな苦味と土の香り。郷愁を誘う。

 「亡くなった父も祖父も『小ブナがあれば何もいらん』と言うほど大好物だった」。駒ケ根市赤穂の小平正夫さん(66)は昔の食卓を思い出す。夕方、父たちは農作業から帰ると小ブナで酌を交わし、夕食でもおかずにして顔をほころばせた。

 その父と小ブナの養殖業を始めた小平さんは、この道三十年余。春になると、中央アルプスの清流を休耕田に引き入れた三カ所の養殖池計約四十アールに、育てたフナが産んだ卵を入れる。秋に池の水を抜き、体長五センチほどに育ったフナを水揚げ。二日ほど真水に移して泥を抜き、出荷する。

 「えさに寄ってくる小ブナの姿がかわいくてね。毎日見ても飽きない」と小平さん。小指ほどの小ブナは、濁った池全体にどれほどいるのか目に見えない。その年の出来が分かるのは水を抜く瞬間だ。「そんな緊張感も養殖のだいご味。どんなにベテランでも『こんなに少ないの?』と散々な年はあるよ」と笑い飛ばす。

 かつて上伊那では、多くの家庭が水田で自家用のフナを飼い、秋祭りで食べたという。「フナのいる水田だけは夏を過ぎても長く水を張っていた。そんな田んぼが点在していた」と懐かしむ。田園風景は変わったが、食卓の郷土の幸は小平さんらの手で受け継がれている。

中央アルプスの清流が注ぐ池で親ブナは冬を越す。優しく見つめる小平さん=駒ケ根市で

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  ◇    ◇

 川魚や昆虫を調理販売する伊那市の「塚原信州珍味」は、毎年九月に嵐の忙しさになる。

 小ブナ、イナゴ、蜂の子が同時に旬を迎え、次々と店に届く。調理場では四台のガスコンロをフル稼働。それぞれの鍋の火加減に目を光らせながら、甘露煮に仕上げていく。

 「小ブナは一番簡単だよ」と、二代目の塚原保治さん(72)。砂糖、しょうゆ、みりんの煮汁で一時間ほど煮れば完成。身が崩れないように箸は一度も入れない。「家庭の味」にふさわしい手軽さだ。

 店では十年ほど前から、コイやアユなどに加えて、安定して手に入る地元産の養殖小ブナを扱い始めた。ただ最近は、えさ代の高騰などで小ブナの仕入れ値が上がり「甘露煮を続けるだけで精いっぱい」と明かす。店では今、昆虫に重きを置く。

 それでも、小ブナを含め川魚をやめるつもりはない。「自分たちが地域の食を守らにゃいかん」。かみしめれば古里が薫る、そんな素材の力が使命感を支える。(岩田忠士)

 <上伊那の小ブナ> JA上伊那(伊那市)の鮒(ふな)部会には13人が所属し、主に駒ケ根市で養殖。8月末から10月上旬まで出荷し、2016年の出荷量は7198キロ。地元では「秋祭りに欠かせない食材」という。県内では佐久地域でも養殖が盛ん。

 

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