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長寿しなの 彩食記

<第3部 そばの源流> (2)役行者の贈り物

◆種受け継がれ花開く

駒ケ岳神社里宮境内にある「行者そば発祥」碑(奥左)と由来碑(手前)=伊那市で

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 中央アルプス山麓の伊那市荒井内(うち)の萱(かや)地区。住宅十数戸の山あいの集落内を、小黒川沿いに中アに向かって進むと、県道沿いに駒ケ岳神社里宮がある。境内に「行者そば発祥の地」の石碑が立つ。

 「標高が高く米の収穫が少ない土地。ソバは昔から栽培していたようだ」。神社近くに住む農業室岡智明さん(82)が話す。

 伝説では、飛鳥、奈良時代の修験者役小角(えんのおづの)(役行者)が中ア駒ケ岳に登る際、もてなしを受けた礼に、ソバの種を同地区住民に贈った。以来、ソバ栽培が盛んになったとされる。

 「養蚕が栄えたころは、蚕の餌になる桑の木の間にソバを植えた。子どものころ、夕飯に、そば粉を水で練った『けえもち』を食べた」と室岡さん。農作業の合間や食事時に、祖母が行者伝説を話してくれた記憶もある。

神社にある役行者像(右)と、行者が彫った像が入っていたというほこら(左)=伊那市で

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 いま、同地発祥の「行者そば」として知られるのは、焼きみそと辛味大根のおろしを入れたつゆで食べるそば切り。その行者そばと地域PRを狙いに、一九八七年に同地区内で「行者そば祭り」が開幕。八九年に建てられた「発祥の地」の碑もムードを盛り上げた。

 地区内の公園で開くそば祭りは毎年十月中旬。昨年で三十回を数えた。近年はそば二千食を完売する。伊那市が近年PRに力を入れる市内の秋のそばイベントの中で、最も早い日程で注目度が高い。

 祭りは荒井区主催で、内の萱以外の区民も関わる。ただ将来を考えると、高齢化や人口減少などを背景に実動人員の確保が心配される。人気イベントゆえの課題だ。

  ◇  ◇

 内の萱地区で最も下流部にある「行者そば梅庵(ばいあん)」は開店から二十四年。店主の笠井秀一さん(59)が自作したざる、石臼が並ぶ店内は趣がある。周囲の静けさもあいまって、古くからの時間を凝縮したような雰囲気が漂う。

内の萱でそば店を営む笠井さん=伊那市で

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 笠井さんは東京都生まれ。三十年前に市内に移住し、森林組合従業員を経た後、知人の勧めもあり開業した。

 名物の行者そばは、そばの味が分かるよう幅が広い麺を使う。そば作り用の水は独自の浄水装置を通す。衛生に配慮しつつもうまさが残る地元の水は、同店ならではの隠し味だ。

 そば好きではないが常連客に連れられて来た人が、一口食べて「うまい」と言ってくれるケースがあるという。「二十代のカップルも来る。昔ながらの食を、若い人が楽しんでくれるのはうれしいね」。笠井さんは目を細めた。(近藤隆尚)

 <中央アルプスと内の萱> 内の萱は、中ア駒ケ岳の登山口の一つ。古くから修験者を含め多くの登山者が利用してきた。駒ケ岳神社里宮には役行者像などが安置されている。室岡智明さんの祖父兼太郎さんは、役行者が彫ったとされる像の夢を見て、駒ケ岳に登り発見したとされる。像が入れてあったというほこらが同里宮にある。小説「聖職の碑(いしぶみ)」で知られる1913年の駒ケ岳の遭難事故を受け、内の萱と、隣の天狗地区住民は将棊頭(しょうぎがしら)山頂直下に伊那小屋(後の西駒山荘)を建築。管理運営は70年まで住民が担った。現在は伊那市の指定管理者が担当する。

 

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